戦艦大和が轟沈してから、81年 という歳月が過ぎました。

毎年という訳ではありませんが、戦艦大和に関する情報を発して参りましたが、今までの情報を少し整理させていただき、今月末に控えている大和ミュージアムに展示される 1/10 戦艦大和模型 について、どこが改修されたのかを簡単に触れてみます。


●今まで情報発信してきたこと。
(1)片道燃料で出撃したという嘘
 朝日新聞天声人語と、吉田満という架空戦記の作者が記した文学作品が元となり広まった誤情報です。

 燃料満載ではなかったものの、凡そ呉~沖縄を数回往復できる燃料を搭載して出撃していることを当時の公文書などを例示して解説しました。

 4,000~5,000屯の燃料は積んだ様で、少なく見積もった搭載燃料であっても、戦闘最大船速でも3~4往復はできました。16knot巡行速であれば4,000屯しか積んでなくとも、何と6往復可能です。


(2)初霜内火艇士官が助けを求めた水兵を斬り殺したという嘘
 軍での命令は絶対です。救助に行けと命令され、救助しないで斬り殺した場合は厳罰に処されます。そもそも初霜の内火艇は、矢矧の乗員救助にあたっており、大和の乗員救助は行っていません。

 これも吉田満という作者の架空戦記が元ネタで広まった誤情報です。全般に渡ってとは言いませんが、随所に散りばめられた嘘が多い為、大和乗員やご遺族によって訂正を求められましたが吉田の遺族は応じませんでした。吉田満が晩年に嘘を認めて謝罪した、または修正するか検討すると言ったなどの説がありますが、私自身この情報を確認できていません。


(3)左舷だけを狙われて魚雷10本で横転して沈没したという嘘
 これは数km以上離れた大和以外の艦艇から確認できた記録。大和が記録した被害情報は大和と共に海の底です。

 アメリカ軍戦闘詳報では被雷箇所は右舷の方が広範です。また、被雷数は37本で、被爆数は57とする記録もありますが、流石に誤認を含むでしょう。

 日本人の自虐史観が、前者の説を広めたと言われていますが、真相は現在のところ正確には判っていません。しかし、明らかに10本で撃沈は理論的にも無いです。既に2016年の潜水調査で右舷に2~3箇所で被雷破口が見つかっています。


(4)海軍直掩戦闘機隊の掩護があったという嘘
 数々の映画で必ずと言ってよいほど出てくる海軍戦闘機隊の第2艦隊直掩。実は海軍は直掩を出撃させていません。81年前に大和沈没直前まで九州の南方徳之島周辺で制空戦闘を行っていたのは、四式戦闘機を中心とした陸軍航空戦隊51機です。

 私はこの真実を知った時正直涙ぐみました。
 3時間ほど続けた空戦によって、アメリカ軍も大きな損害を受けました。
 陸軍第100飛行師団第59戦隊の51機の疾風は、15機が未帰還になりました。


(5)水上の特攻作戦という嘘
 無意味に「大和を使わずして敗れたら後世の誹りを受ける」だけでこのような馬鹿げた戦果の期待できない戦闘は軍隊は行いません。

 菊水1号作戦。天一号作戦は現在では大方の方が戦果無しの特攻作戦だったという認識ですが、真実は違います。

 

 映画「連合艦隊」や「男たちの大和」など時代考証の甘い映画が横行した為の大きな誤解です。

 日米双方の戦闘詳報にも記録されている通り、大和出撃の目的は、概ね成功とされています。特に連合艦隊電令作第六〇七号には 天一号作戦の目的として、大和の突入は、米軍の強力な機動部隊(第58任務部隊)の関心を海上へ引きつけ、その防空戦力を分散させることを前提としていました。
 

 囮の明記もされています。 作戦計画の細部において、水上部隊の突入は「航空特攻の成功率を高めるための牽制・囮」としての機能が明確に位置づけられています。

 何故この事実を無視して水上特攻と位置付けるのか全く理解ができません。

 海軍機391機、陸軍機82機が菊水1号作戦に参加し、戦艦大和が対空戦闘を行って航空機を引き付けている同時刻での戦果は次の通り。

  •  撃沈 3隻(駆逐艦ブッシュ、コルフーン 等)
  •  中大破 30隻(戦艦メリーランド、空母バンカーヒル/ハンコック 等)

 陸海軍の猛攻撃により米軍レーダーピケット艦を中心に大きな損害を与えました。水上艦艇だけの作戦では出せない戦果。航空戦力では全滅する恐れもありました。
 米軍の死傷者は

 戦死 450名
 負傷 600名以上

もし、天一号作戦が発動されていなければ・・・・
もうお解りですね。

 曲がりなりにも機能していた本土防空網はこの作戦が無ければ更に機能しなくなり、無差別爆撃では更に多くの国民が草生す屍、水漬く屍になったことでしょう。

 大和は大変多くの国民を救っている事実があります。

 現代日本人はそこに気づくべきです。

 以上、代表的な5点については、正確な情報としては伝わっていますが、ホームページやホチキスなどと同様に誤認識が定着しつつあります。

 この記事を見ていただいた皆様には、少なくとも真実を知っていただきたい、そう思います。

 では 1/10 戦艦大和 模型の改修状況について、簡単に解説しましょう。

  • 電探支柱の色が茶色に塗装されていたこと
  • 後部射撃指揮所の支柱は■ではなく●であったこと
  • カタパルト支柱下部のスカッパーは存在しなかったこと
  • 艦尾三連装機銃ブルワークは変形八角形であったこと
  • 当該ブルワークの一部の波除は無く、そこからラッタルが甲板に届いていたこと
  • 航空甲板のリノリウム貼付場所に変更があること
  • 排水樋があったと思われた場所においてかなりの部分木甲板であったこと
  • 艦首フェアリーの形が正確に判ったこと
  • 菊花紋章は、他の戦艦に比べ小さかったこと
  • 1号3型電波探信儀は真鍮のまま塗装されていなかったこと
  • ジブクレーンの綱の巻向が従来の解釈と真逆であったこと
  • 呉海軍工廠色として考えられていた色は、もっと濃かったこと
  • 対空戦闘指揮所の防弾板仕様が潜水調査で明らかとなったこと
  • 前項の証拠により、沈没時有賀艦長らが羅針儀に身体をロープで縛りつけたという伝承は誤り(不可能)であること

  :

これらが改修箇所になります。
 これはあくまでも戦艦大和の最終時に近い時の最小公約数を表現したものであり、間違っても最終時ではないという理解が必要です。

 最終時は次の理解が追加で必要です。
 天一号作戦時の大和製作時には気を付ける必要があります。

  • 主錨が撤去され格納されていたこと
  • 1番主砲塔と2番主砲塔の間の単装機銃前には、波除の為の土嚢が配置されたこと
  • 第3主砲塔後方には、少なくとも2基の連装機銃が波除板と共に設置されていたこと
  • 後部起倒式ジブクレーンの空中視線塔が格納されていたこと
  • 非理法権天の登幡は存在しないこと
  • ファンネルに楠木家紋の菊水は描かれていないこと
  • 艦首付近の喫水線目盛りは描かれていなかったこと
  • 当然ですが、天一号作戦時に手摺は折り畳めてあって存在しません

 是非模型製作の参考にすることと、リニューアル後の 1/10 大和 を前にご自身の目で確認していただけると幸いです。