まさかこんな結末を迎えるとは思ってもみなかった。
週末最寄りの駅から自宅に向けて歩いていた時の事。
桜が咲き始め、花粉もピークを過ぎて心地よい風が気持ちよく、目を閉じると聞えてくる鶯の声。
気が付けば、私は公園に続く長い階段を登り始めていた。
登り切ったところで手を拡げて思い切り空気を吸い込む。
その時であった。
空気と同時に、口の中に大きな蝿を吸い込んでしまった。
一瞬口内で羽音の振動が感じられたが、直ぐに吐き出した。
本能的に部分的な咀嚼をしてしまったのか、少し苦い、後味が残る。
帰宅してから嗽をしよう。
帰宅路を急いだ。
勿論帰宅後すぐに嗽をして口内を濯いだ。
問題は直ぐには発生しなかった。
あの時の出来事によって、まさかこんな恐ろしい事が起こることなんて予想することはできなかったのだ。
昨晩のことであった。
最初は気のせいだと思っていたが、それは徐々に進行してきたのだ。
顎髭が随分と急な伸び方をするものだ、と思っていた。
しかし、その顎髭も剛毛へと変化し、顔の皮膚も黒ずんでくる。
味覚の変調を来たし、甘いものよりも腐敗臭に興味、いや芳醇さを感じる。
視野は広がったが歪み、複眼による断片化が進行する。
鏡をのぞき込んで写り込んだ自分の姿に声を失ってしまった。
何だこれは?
まるで顔面全体が蝿に様に変化してきている。

骨格が軟体化し、背中や関節の激痛が始まり、翅や節足を形成し始める。
地面よりも垂直な壁や天井に対する異常なまでの執着が起こり、歩行よりも跳躍を好むようになってくる。
そして徐々に記憶も混濁してきた。
気が遠くなってきたのだ。
細胞レベルで書き換えられていく感覚。
昨日まで愛していたはずの桜も、鶯の声も、今はもう断片的な信号の一つに過ぎない。
私はどうなっているんだ?
いや、待て。
そもそも私とは何だ?
お前は誰だ?
ふ、と身体が軽くなった気がした。
気が付くと、大きな翅は無数に振動し、この身体を空中に安定させている。
そうか。私は蝿だ。
何故蝿なのだ?
蝿だから蝿なのだ。
混濁した意識は思考を奪っていく。
自我を失う前に、私の最期の記録としてここに残しておこう。