私は東京都民でもあり県民でもありますから大阪のことを述べるのに違和感を感じられる方も多いでしょう。

昨年の8月中頃から9月初旬にかけて、先祖ゆかりの地である大阪を自身の目で確認し、只今家譜編纂に勤しんでいる所です。

ですから大阪は全く関係の無いところではなく先祖が歴史を紡いできた大切な所なのです。

編纂にあたり、大阪ミナミの発展については驚くほどドラスティックに、そしてエキサイティングに変貌を遂げて来ているのかが判り、自分自身でも大変興味深い内容だったものですから、少しだけ共有させていただきます。

●古代の大阪キタとミナミ
 大阪の人であればご存じの通り、上町台地は南北に細長く伸びる半島でした。古代当時のエピソードはたっぷりありますので、またの機会に触れましょう。あまり大阪市民でもご存じ無かろうかと思います。

 その半島の先端部分がちょうど現在の大阪城辺りになります。上町半島の西側を西成、東側を東成と呼び、西成は朝鮮半島東の新羅由来の朝鮮系の人、東成は朝鮮半島西の百済由来の朝鮮系の人がそれぞれ港を持ち、勢力圏としていました。

 西成は難波(なにわ)、東成は百済(くだら)として今でも地名にその名残があります。ご先祖様は西成新羅系でした。つまり我が家の家系は渡来系です。これを我が家のA系統とさせていただきます。

 上町半島は淀川の堆積によって東側は陸地化して現在のような形になっていきます。

 キタとミナミ。上町半島のキタとミナミで間違えありませんが、その呼称は明治期以降に呼ばれることになります。

●戦国期の大阪の街
 当時大坂の街はいまほど栄えておらず、石山本願寺跡に豊臣秀吉によって建てられた大阪城とその総構え、城下町の整備によって劇的に変貌を遂げました。大阪の市街地は拡がり、その南端はちょうど現在の心斎橋の少し南側辺りであり、そこから南は当時は寂れた農村でした。

 当時難波村のド中心にいた先祖は貴族の端くれで、武家でもありました。様々な事由があり、豊臣秀頼から、方広寺再興を命じられた様です。

 然しながら豊臣に強い恨みがあった様で、方広寺の釣り鐘の例の件(国家安康君臣豊楽)を将軍秀忠に報告した切っ掛けを作ったようです。

 ここに大阪の陣が発生しました。

 大阪の陣で大阪の街が荒廃し、多くのご遺体は千日寺という上町台地の南東に集められて荼毘に付されました。

 1615年以降幕府の政策判断により、「千日墓地」が当時の難波村の南東に定められました。

 私見ですが、大坂の陣の多くのご遺体を荼毘に付したことが切っ掛けだったのではないか、と勘繰ってしまいます。

●超巨大な人骨の山
 そして・・・
 戦国期から江戸期に至るまで基本的に上町台地の中ほどにある道頓堀というお掘りから南側は、古くから大阪に住む人たちにとっては恐怖の場所になっていきます。

 疫病や飢饉、処刑された人々、野垂れ死にした人などは皆、道頓堀南にある千日三昧(せんにちさんまい)へ運び込まれ、火葬されてきました。コレラが流行った記録の際は、ご遺体が山の様に積まれ、朝から晩まで火葬の煙が数十本、数百本、消えることは無かったそうです。

 焼かれた灰は積み上げられ、超巨大な人灰骨の山がいくつかあり、今ほど強力な火力で焼く訳でも無かった為、その匂いも強烈なものが漂っていました。

 周辺には古代からの夥しい墓が墓石と共に無秩序に並び、その光景は忌み嫌われる場所であったと伝わっています。墓標だけでも2万はあったそうですよ。

 それが千日墓(せんにちはか)と呼ばれる広大な範囲に渡って存在した墓地です。

 京都の烏辺野、江戸の小塚原(矢吹ジョーの泪橋近辺)と同じ様なまさに異様な光景が臭いと共に強烈に五感を刺激していたと言われています。

 この範囲は明瞭ですが、ここでの明言は避けておきます。寝られなくなった~など言われても困りますので(笑)

 これらは、天王寺近辺を古代から根城として来た阿倍一族の土地である阿倍野へ移動することになり、墓地だった元千日墓にはご遺骨ご位牌の巨大な山がいくつも残る異様な光景が拡がっていました。



 

如何です?

道頓堀の戎橋のグリコの看板の南側には、想像もできない異様な光景が拡がっていた時代が確かにありました。遠方に遺骨遺灰のぼた山がいくつも見える荒廃した忌み嫌われる土地であったこと、想像できますか?臭いもかなりキツそうですね。

 

 

 


そして・・・

 

遠く現在の福島県南相馬市鹿島区に生まれたご先祖様B系統は、相馬の殿様に仕えた平氏系の武家でしたが、何と!裸一貫で大阪ミナミに乗り込んできます。
 

この後、A系統の先祖とB系統の先祖の熱き戦いがミナミで繰り広げられます。

直系にしか伝わらないタブーな話もするかもしれません。


つづく・・・?


好評だったらね。


大阪市職員の方に大阪のザ・歴史そのものやねん、と評された家譜と共にミナミのお笑い発展記は如何に。


※深堀りされたい方はコメント欄へ♬