夕刻の話になりますが、一定の専門的知見を持たれている方々とお話をさせていただき、大戦末期の艦艇の色について情報交換をさせていただきました。
こんな趣味の様なことをお仕事にされている方、本気で羨ましいです(しかも高給与)。
それはさておき。
先の大戦末期の軍艦にカテゴライズされる艦艇の他、駆逐艦にも一定の迷彩塗装は施された可能性が非常に高い、との結論に至りました。
びっくりすることに、その理由は2通りあるそうです。聴き取った理由は後述します。
(1)対潜迷彩だけでなく、対空迷彩を重視した結果、ニアリィメジャー21塗装を施して対空戦闘がメインとなる天一号作戦で試したかった可能性。
(2)呉海軍工廠へ入渠した艦船への塗装をする際、資材物資が不足し、ブルーグレーの横須賀海軍工廠色を取り寄せたが、グレー成分は間に合わなかった可能性。
いずれにしても1枚の写真の中に宵月と他のグレーの駆逐艦が共に写っている場合、階調の乖離は塗装の劣化やロット違いの様な誤差の範囲を著しく逸脱していること。
例えば、大量のカラー動画やカラー写真の残る涼月については、カラーフィルムの発色だけでは数値解析上説明のつかない著しい差異が認められることから、ネイビーブルーに非常に近しい色であるとの結論に至らざるを得ない、とのことです。
ところで本題。
私は知りませんでしたが、宵月と同じ秋月型駆逐艦駆逐艦照月が発見され、鮮明な映像が昨日公開されました。
この反響が凄いんですね。驚きでした。
馴染みの無い帝国海軍駆逐艦の発見でこんなに大々的にニュースになるのかな?と訝しくなるくらいです。
流石に実在の駆逐艦の発見というだけあるな、という感じです。
でもわたくし、何を隠そう駆逐艦照月全く知らない(恥)
そしていつもの国立国会図書館デジタルアーカイブ、アジ歴DBで簡単に調べました。
駆逐艦照月は秋月型駆逐艦2番艦で3番艦が涼月(すずづき)なんですね。
照月の進水は、戦前の1941年11月21日。
翌1942年8月31日に竣工。
同12月11日、アメリカ軍の魚雷艇に囲まれ
左舷後方2本命中して火災発生。
12月12日午前1時15分総員退去となり、キングストン弁を開き自沈しました。
沈没位置はサボ島沖合。
不審な行動は、単縦陣の最後尾を航行中、航跡が空から見えるのを恐れて敵の真っただ中でエンジンを停止させ、そこに群がって来た小型魚雷艇によって囲まれ袋叩きに逢う、というもの。
余裕は無いのでここまでですが、何故だ?という疑問でいっぱいです。
では、2025年7月16日に公開された照月です(合掌)。
駆逐艦『照月』艦尾。
艦尾はテーパーが付き、そこへ舷外電路が這っているのが良く判ります。
艦尾甲板上から突き出ている4本の棒は煙幕筒では無いでしょうか?
左舷後方から艦尾方面を見ています。ちょうどこの下側スクリューの有る箇所と思われるところに2本の魚雷が命中したようです。爆雷投射機や、爆雷装填台などがある甲板は吹き飛んでいます。
舷外電路も電線がむき出しになっています。
第3次ソロモン海戦後のなんちゃら夜戦では、戦艦サウスダコタを滅多撃ちにした時に、照月のこの第2、第1砲塔からも最低40発の主砲弾が発射され、全弾命中とのリポートが戦闘詳報に記載されます(あながち嘘ではない)。
第1か、第4砲塔は何と!抑角90度になっています。








