大戦中期から末期の圧倒的な米軍制空下でも成果を出しながら激戦を潜り抜け、終戦まで満身創痍で戦い抜いた奇跡のハイブリッド駆逐艦「涼月」天号作戦時の工作です。
アオシマ製のキット「涼月」を使用して何と!「涼月」を製作するという無謀なチャレンジ。
涼月11回目の制作記です。
「涼月」を進めます。
昨日の記事の通り、亜鉛シルバーで鎖錨甲板とリノリウム色での塗装をしたところ、大型ニッパーが落下して、艦尾の旗竿、爆雷投下軌条が破壊されました。

取り敢えずリノリウム範囲をマスキングして、艦体色を吹きます。こちらは大戦末期迷彩で、何色、というのが無いものですからカラー写真とカラー動画を見比べながら調合しています。
呉海軍工廠大戦末期迷彩色
とでも申しましょうか。
涼月は整備は呉が中心なので、竣工後数か月間のみは舞鶴海軍工廠色、その後しばらくは定期的に呉海軍工廠色での塗装になっています。
1944年12月にはほぼこの末期迷彩に変わっていました。
恐らく日中晴れの日に外であればこんな感じになる色になるはずです。

横浜タミヤショップに展示されている作例、甲型駆逐艦『浦風』と同じ感じの色質感の仕上がりになりました。
乾燥させている間も他の作業です。
いつの間にか折れていた97艦攻の後輪。
スクラッチで復元。

自分にしてはうまく誤魔化せた。
そして、伝馬さんの一式陸攻に触発されて、わたくしは後継の飛龍を作っていたのでそれの塗装。
機首のキャノピーはフレームを切り出して、ガラス部分のクリアはマイクロクリスタルクリアでスクラッチ!
この飛行機は大ちゃんさんの巨大機コンペ用のキットです。
ロシアの仕掛けた侵略戦争が終わる時を持って締め切りとなるので、ゆるりと(し過ぎですが)作っていました。
機体内部を資料を基にしてある程度再現しました。
この四式重爆撃機飛龍の爆弾倉は電動開閉です。
では涼月です。
脱皮してみました。
斬新なあまり見たことのない表現ですが考証を重ねた結果で本物の涼月にバッチリ寄せることが出来ました。
以下本物のカラー写真。
ブルワークの色が本体の色です。
どうでしょう?色としては申し分ない、変わらない表現は出来たと思います。因みに以下写真のブルワーク上の青色は海。ブルワーク内側白い模様は敵機識別用のシルエットマークです。
煙突脇の涼月の3連装機銃ブルワークの内側床は亜鉛メッキ無塗装で錆やら油やらで汚れてます。これも後でやりましょう。
ここから更新追記部分です。
色々、嘘つき~、とか、こんなことどこにも資料ねーし、とかすごくご批判いただきました。当時自分の目で見た訳でも無いし、自分自身もカラー写真を見ながらのみで判断し、全く資料は比較対象にしなかった(何故かと言うとカラー動画が発見されたのが2020年と比較的最近の為、資料が更新されていません)というところがあります。
全てをお見せする訳にはいかないのですが、主要なものだけ小さめの画像で貼り付けておきます(追記:これらの写真は書籍と動画から)。
まず全体像。呉海軍工廠末期迷彩塗装と呼称しますが、全体が濃紺の色で塗装され、船首楼にはリノリウムが無いことがはっきり判ります。
第4砲塔から後方になります。こちらはリノリウムがある場所になりますが、色が褪せていることが大変良く判ります。
こちらは右舷側の甲板室水密扉付近ですが、この部分にはリノリウムの貼付がありません。模型ではあることにしましたが、この部分が剥がされたのか判りません。天一号昨戦時にはあると判断したのは対空戦闘中の写真の現存です。
また、船内の色が白であることにも注目です。これも新たな発見では無いでしょうか。木材支柱を留めておく金具などとても貴重な映像です。

艦首船首楼は全域にリノリウム貼付はありません。この部分は亜鉛メッキ無塗装です。私は間違えてこの部分も船体色で塗装してしまいましたので後程修正が必要です。
ブルワーク内側の米軍機シルエットマーク。
船体色も大変良く判断できます。背景は海の色になりますが、濃さの比較が重要です。
帝國海軍もサウスダコタのメジャー21(5Nネイビーブルー)の有用性をソロモン海戦で把握したはずですし、末期の乙型で、少なくとも冬月、涼月、宵月はこの呉海軍工廠迷彩色で塗装されていると判断しています。
これも船体色呉海軍工廠迷彩色(nearly 5Nネイビーブルー)であることが確実に判るところです。左舷25mm単装機銃ブルワークです。このブルワークも防弾板の意味として取り付けられているのかと思いこんでいましたが、波浪除けであることが最近判ってきています(大和の機銃ブルワークは、波除で確定(大和ミュージアム)なので防弾板ではありません)。
そして90分に及ぶ映像の中には、涼月に向かう途中の艦船も撮影されています。
中でも、恐らく航空母艦『笠置』と思われる船体の塗装は興味深く、明るいグレーと黒の迷彩になっています。
これは帝國海軍籍の船の塗装としては、今まで認識されていなかったのではないでしょうか。戦前の駆逐艦『睦月』の様なはっきりした迷彩塗装です。
終戦時の空母甲板に珍しくも飛行機が並べられています。
破壊されていないので、何故並べられているのか判りません。
しかもこの航空母艦が何であるか判りません。
お判りになる方おられますか?
教えてください。
(shidennkai様から、こちらの船は護衛空母ボーグとのことを教えていただきました:ありがとうございます)
二等輸送艦103号型が数十隻停泊し、烹炊煙突から美味しそうな匂いの煙を出しています。しかも全艦後檣には13号レーダーが着いています。二等輸送艦の電子線装置は初めて確認しました。色は佐世保海軍工廠色と思われます(青味が無いので)。

以上、涼月の本体色が、呉海軍工廠末期迷彩色(nearly 5N NAVY Blue)である証拠としての映像キャプチャの一部を貼り付けさせていただきます。怒られたら消しますので、今の内にご確認ください。
今日はここ迄。
ところで私の第1の優先趣味は旅行で、先般の青森旅行の際に夏はギョテクリ・テペへ行く予定、と公言してしまいましたが、ダメでした。日程が合いません。
年末か来年春に再検討します。
ということで夏はアーティ・ジブラルタルへ行くことにします。
宇宙世紀屈指の名シーン。
ケイトさんの機体を拝んできます。南無南無。
またサハラ砂漠だねぇ・・・
では。
お休みなさい😴💤
今後の工作課程
・底板の取り付け
・艦尾甲板延長と三角支持架の自作
・後部リノリウム甲板におけるリノリウム範囲の確定
・爆雷投下軌条のエッチング取り付け
・揚貨機の自作
・蒸気捨て管と給気管の取り付け
・艦橋素体の仮着と前檣の仮着、調整
・艦橋素体の接着と前檣の接着
・スキットビームと後檣の取り付け
・後部甲板室周りの再現、ブルワークも
・哨信儀(発哨器、全受器)、双眼望遠鏡、射撃指揮装置、20cm赤外線探照灯の取り付け
・手摺の取り付け(対空戦闘用意時)
・防弾板の取り付け
・プライマーサーフェイサー
・第1次塗装
・甲板室水密扉、手摺、梯子、ジャッキステー取り付け
昇降口 艦尾×2
・艦橋頂部の空中線支柱作成と取り付け
・爆雷投下軌条の取り付け
・爆雷装填台の取り付け ×2
・爆雷投射器の取り付け ×2
・絡車の取り付け
涼月の考証続けてます。
判った事(些末なことまでは諦めます)
皆さまのお陰で主要なところは判明しつつあります。特にshidenkai様には、様々ご教示ご指摘いただいており、あらためて厚く感謝申し上げます。
●損傷修理により前後は最終形清月型で真ん中のみオリジナルの涼月
●艦首は冬月型と同じ清月型だが艦首フェアリーダの形状が清月型
●3番砲塔前方三連装機銃ブルワークは秋月型
●後部甲板室上の単装機銃ブルワーク内側設置は25mm単装機銃
●13mm単装機銃は合計4基は全て1944年12月に撤去
●後檣の13号電探基部が左前方側に斜め(死角無くすため)
●艦首部分近くのハルに新型大型調音機の収納の為護衛艦のように膨らんでいる
(艦首清月型の為:これを表現しているキットは無い)
●各種ブルワークは、高さはあっても1m:煙突脇の機銃ブルワークは40~50cm
●艦尾清月型フェアリーダが取り付けられている
●スタン後部煙幕発煙噴出管は撤去
●清月型はスタン形状の下部張り出しは無く、垂直に簡易化
●パラベーン有り
●船首楼甲板にリノリウム無し
●艦尾第4砲塔から後ろはリノリウム無い場所多し
●船首楼、ブルワーク内は、ほぼ全域亜鉛メッキ無塗装
●喫水線下球状艦首『清月』型に改修されて新型ソナーを装備
●塗装は末期迷彩(ニアリィ・ネイビーブルー)で全体塗装
とこんな感じで「涼月」の考証をゆるりと進めています。























