大戦中期から末期の圧倒的な米軍制空下でも成果を出しながら激戦を潜り抜け、終戦まで満身創痍で戦い抜いた奇跡のハイブリッド駆逐艦「涼月」天号作戦時の工作です。

 

アオシマ製のキット「涼月」を使用して「涼月」を製作するという無謀なチャレンジ。

 

涼月5回目の制作記です。

涼月の最新考察を採り入れて工作しています。

 

 

本日の冒頭話題は、F1 2025開幕戦豪州GPX決勝から。


いやー、、スピンのオンパレードで大荒れに荒れました。

これは車の性能が、ではなく、レギュレーションの厳しさからくるものだと理解します。レギュレーションもレースを面白くする為に、は解りますが、またセナが命を賭して訴えた安全、という言葉とは一線を画すものになって来ている様で怖いですね。安全対策の一環として再考をお願いしたいものです。

それにしてもトラクションコントロールも効いていなかった様だし危ない場面が沢山ありました。

いずれにしても生まれ変わったマクラーレンのノリスが紆余曲折あったけれど、結果的にポールtoフィニッシュ。

レッドブル・ホンダのフェルスタッペンは途中ステアリングロックか何かで何度かスピンして脱落しそうになりながらも2位。その差1秒未満であと少しでした。何だかんだでもポテンシャルはやはりマクラーレンよりレッドブルの方が上の様な気がします。

 

それでもセカンドシートのローソンは期待していませんでしたがやはり期待通りリタイア。

ブルズの角田は約30秒遅れでフィニッシュ(13位?)。

ファンには怒られそうですが、お笑いルクレールは安定の入賞圏外だったかと思います。

うぇ~ん、バスタブが水だらけだよぉ~(ルクレール)
雨降ってるんだからそうだろうwwwww(ピット)

監督側からすれば今のF1は通信の回数時間制限も緩和されたとは言え存在する訳ですから、こんなことで通信してくるな!と激怒(げきおこ)プンプン丸(まる)だったそうで。



さてと。
本日もRB19製作は進めますが途中経過は謎とさせていただき、時間を区切ってハイブリッド『涼月』も進めます。

多くのカラー写真を残した『涼月』ですから、今までの考察よりもかなり楽になります。

【この写真は元は白黒です。着色している画像になりますので、実艦と色が異なります。】
艦橋についての装備類ですが、全受器の場所、羅針盤艦橋の露天部分のブルワーク切り欠きから、発哨器の場所がそれぞれ特定できます。

然しながら特徴的な清月型の艦橋では、露天防空指揮所部分の遮風板の形状が正確に掴みづらいところです。最高速度の33knotでの航海では、清月型の防空指揮所で無風状態であっても風速60m/sを受けるそうで、その為の整流版の役割を担いました。

乙型最新の艦橋である清月型には、
・12cm高角双眼望遠鏡は3つ
・2m測距儀は2つ
となっています。後方に聳える94式高角砲射撃装
置は『日本光学工業株式会社』が製造し、なかなか量産できなかったことでも有名ですが、この乙型用のものでは製造が間に合わなかった艦も多く、竣工時の涼月にも1つ(前部)しか取り付けられませんでした。

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この94式高射装置は民需転換され、戦後の復興で日本光学工業は1959年?に、
「F」
そして、1971年?に
「F2」
という世界的に著名なカメラを製造することになります。
2025年現在「Nikon」として生き残っています。
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露天防空指揮所の各艤装配置図について、まとめてみました。


『冬月』の配置と相当異なる為、この配置図については基が秋月型であることから、部分的に誤っている可能性もあります。とは言え、概ねこの通りでよいかと思います。

竣工時の時は、露天防空指揮所の両脇2箇所の12㎝高角双眼鏡の位置に、13mm機銃が設置されていました。ゴジラ-1.0で神木くんが機雷を処分する際に使用していた武装です。

涼月(清月型)艦橋を前から見た際のイメージです。

【こちらは少し明度を上げました。カラー画像となるのですが、実際はかなり濃く暗いグレーになります。】
全受器架台の内部には巨大な全受器が設置されていましたが撤去されており抜け殻となっています。

下方の赤丸は、ピンボケですが、夜間に索敵する為の20cm赤外線探照灯が設置されていました。全受器があれば、夜間見えないものも昼間の様に明るく見える様になります。それらのモニタは艦内ではなく、羅針盤艦橋の露天部分にある発哨器の液晶画面で確認することができたと考えられます。

が、その目的に使用できたものの、実戦で実際に使用されたのは、夜間味方の艦の位置関係の確認と、赤外線収束ビームを使用した赤外線通信(光信号で夜間に赤外線でアナログなやり取りをすること)で使用されていました。

液晶画面は民需転換されてシャープのAquosにその技術が引き継がれ、哨信儀や世界トップクラスを誇ったレーダ技術は、現代でも世界有数のレーダー製作企業である三波工業株式会社に民需転換されています。



それでは工作です。

まず防空指揮所には双眼鏡を取り付けました。
訳あって後刻測距儀は取り付けます。

軍艦堂さんの双眼鏡です。

コンマゼロ㍉のプラモデルパーツで最も小さなものの一つだと思います。

見えない。

 

これです。

向きもあるから注意しなければなりません。

 


全部で9つ取り付けました。意外なほどに高さがあって見慣れないです。羅針盤は基部をカットしていないので後で修正が必要です。


哨信儀全受器の架台をスクラッチすることから始めます。


架台には全受器を取り付けます。

そして羅針盤艦橋の露天部分に切り欠きを作ります。
そこに哨信儀の発哨器を取り付けますが奥側に12㎝双眼鏡が着くので先に双眼鏡台を取り付けてから大きな発哨器を載せます。

作例でここ迄再現をしているモノは見かけることは、今まで一度もありませんが、パーツが存在している以上、需要があるということですから拝見したいものです。

最後に。

測距儀は後刻、とした訳ですが。

と申しますのも。
2m測距儀と記してきましたが、本当に2m測距儀2つも取り付けられていたのでしょうか?ちょっと大きすぎるので疑問が残ります。

『冬月』では96式66cm測距儀(カバー付)だったかと思います。

取り敢えず記録上2mとなっているので、確認できるまで測距儀の取り付けだけは保留にします。



そして。
もう一つの謎が壁として立ちはだかりました。


ファンネル前面の蒸気捨て管です。

写真に写り込んでしまっているので仕方ないのですが、2本出ています。
集約して上方に1本で伸びているのではなく、集約しそうでそのまま2本伸びている様です。

蒸気捨て管は、各個艦で様々な状態になっており、被弾、修理を重ねる内に徐々に個艦毎に形が異なって来たのではないかと考えられますが、この写真以外で確認する術が無く、詳細が不明です。


続いて揚貨機。

 

この魚雷発射管の1/3ほどの大きさがあるパーツなのに、何故か解りませんが、あらゆるキットでオミットされています。

『冬月』の工作ではスクラッチして魚雷発射管の右後方に設置しています。実艦も同じ場所にありましたので、対面にある魚雷吊り上げ用ダビットまでの距離をワイヤーが甲板をはっていたことになり、徒歩での甲板の移動は、足首切断の危険性もあり、大変不便だったことと思われます。

 

兎に角、秋月型では左舷にあったと考えられますが、想定される位置において撮影された『涼月』の写真には写っていません。

これまた乗り越えなければならない高い壁として謎が立ち塞がりました。

 

では。

お休みなさい😴💤



今後の工作課程
・底板の取り付け
・艦尾甲板延長と三角支持架の自作
・後部リノリウム甲板におけるリノリウム範囲の確定

・爆雷投下軌条のエッチング取り付け
・揚貨機の自作(冬月型の逆側なはずだが…)
・蒸気捨て管と給気管の取り付け
・艦橋素体の仮着と前檣の仮着、調整
・艦橋素体の接着と前檣の接着

・スキットビームと後檣の取り付け

・後部甲板室周りの再現、ブルワークも

・哨信儀(発哨器、全受器)、双眼望遠鏡、射撃指揮装置、20cm赤外線通信集束光灯の取り付け

・手摺の取り付け(対空戦闘用意時)
・プライマーサーフェイサー
・第1次塗装

 

涼月の考証続けてます。

判った事(些末なことまでは諦めます)
皆さまのお陰で主要なところは判明しつつあります。特にshidenkai様には、様々ご教示ご指摘いただいており、あらためて厚く感謝申し上げます。

 

●損傷修理により前後は最終形清月型で真ん中のみオリジナルの涼月

●艦首は冬月型と同じ清月型だが艦首フェアリーダの形状が清月型

●3番砲塔前方三連装機銃ブルワークは秋月型
●後部甲板室上の単装機銃ブルワーク内側設置は25mm単装機銃で13mmではない

●13mm単装機銃は合計4基は全て1944年12月に撤去

●後檣の13号電探基部が左前方側に斜め(死角無くすため)

●艦首部分近くのハルに新型大型調音機の収納の為護衛艦のように膨らんでいる

(艦首清月型の為:これを表現しているキットは無い)

●各種ブルワークは、高さはあっても1m:煙突脇の機銃ブルワークは40~50cm

●艦尾清月型フェアリーダが取り付けられている

●スタン後部煙幕発煙噴出管は撤去
●清月型はスタン形状の下部張り出しは無く、垂直に簡易化
●パラベーン有り

 

 

とこんな感じで「涼月」の考証をゆるりと進めています。