アオシマの冬月のキットを使って、冬月1945として製作する無謀なチャレンジをしています。

 

今日はサフだけですので、考証編を扱います。

 

昨日の記事で、ももおさんからコメントを頂戴したので、本日は少しだけですが帝國海軍最期の作戦における俗説について、その実態を、アメリカ合衆国海軍の戦闘詳報(action report)から紐解いてみたいと思います。



●戦艦「大和」は左舷だけを狙われて転覆轟沈した、の真相

左舷集中攻撃を受けて轟沈したという戦艦大和の俗説は誤りです。

これはどこから出てきた話なのか全く根拠が不明なのですが、防諜体制も儘ならぬ混乱期に、日本軍隊の愚かさと意味の無さを、日本人自らが、日本国民に対して偽情報を植え付ける為に拡散したものと考えられています。
 

実に役に立たなかった鉄の塊であったという虚像に誘導するために。

実は本件、昔からNHKがしきりに主張している情報になり、根拠は生き残りの兵士の証言を元にしているようです。しかしそれらすべてに辻褄が合いません。そもそも当時どうだったかを数十年後に訊かれても・・・

当然日米双方の戦闘詳報にそんな記載は存在しません(私の手元には両方あります)。

 

NHKは全くアテにならない証言だけを以て断定的言い方をしています。


ではその実態を見ていく前に。

現在広まっている俗説は次の通りです。
(1)戦艦「大和」
   被雷 10本(左舷を集中的に狙われた)
   被弾 5発
(2) 軽巡洋艦「矢矧」
   被雷 7本
   被弾 10~12発

もし嘘をつくなら、軽巡洋艦「矢矧」の損害状況も改竄すべきだったでしょう。
「大和」という象徴にのみにフォーカスしたからこれに疑念を持った人たちを生む要因の一つになったと考えられます。

そこで、アメリカ合衆国海軍第58任務部隊戦闘詳報を紐解いていきます。
予め申しておきますが、時分単位で物凄い細かい報告がなされています。
でもそれでは記事が冗長化するので、直訳はまたの機会にし、サマライズ(足し算)した結果をリポートすることをご承知ください。

第58任務部隊戦闘詳報より戦艦「大和」への与ダメージ状況
・魚雷命中箇所比
 左舷:右舷=5:9
 右舷の方が広範囲に命中したことになります。

・魚雷命中数 39本
 (左舷:25本、 右舷:14本)
 確かに左舷の方が魚雷命中数は多い。
 しかし通説通り左舷だけを狙ったと言うのは作戦目的に一切ありません。
 とどめとなったのは、最後に左舷後方にたまたま命中した4本と言われています。

・命中爆弾 18発
(命中弾数については、38発を主張する記録も存在)
 ↑誇張でしょう。

以上の記録があります。
但し、アメリカ軍の戦闘詳報も結構いい加減で、日本海軍側の主張以上に酷い内容の場合も散見されます。重巡洋艦撃沈で勲章をもらった某潜水艦長でしたが、戦後それが冬月の艦首を損傷させただけとバレたこともあります。
誇張戦果報告はアメリカ軍にも他にいっぱいありますね。

ですから、この記録を鵜呑みにすることよりも、根拠のない喧虐的噂話に耳を傾けることの無いようにすることが大切です。

真相は「大和」の船体のみ知っていることでしょう。
ただ、左舷だけを集中的に狙われた、ということは史実ではなく全くの嘘です。
たまたまの結果なのです。

実際の被害の方については、後世の研究結果が待たれます。



●第2艦隊沖縄特講作戦片道燃料の嘘

艦隊片道燃料の件です。これは嘘確定を簡単に示せます。
こちらは、日本軍の記録でも生存者の証言でも一切見られず、戦後に「大和」生存者の一人である吉田満が執筆した『戦艦大和ノ最期』という架空戦記に描かれた片道燃料からのみ由来しています。

GHQの希望が反映された可能性もありますし、士官ではない候補生の吉田がそもそも片道燃料を知るはずもないため、左派思想的な反映がなされた可能性もあります。
架空戦記本文では耳にした、としていますが。

そもそも1945年4月5日には燃料満タンの記録が残っており、多くの証言に片道燃料は全く存在しません。一方で神重徳参謀が片道燃料を言葉に出した、出さないの記録もあったり、片道燃料では偲びないとかき集めた燃料を投入した、とも言われます。正直それらは些末な情報で、物証が真実を語ります。

伊藤整一長官が「大和」に対しとどめの魚雷を食らう前に艦を北に回頭させる指示を出し、帰還する行動をとらせています。作戦中止命令です。

また、冬月、涼月、雪風、初霜は救助の為に駆け回り、実際に帰還しています。雪風は夜半まで救助で動きっぱなしでした。

この真実を否定することはできません。


対空戦闘を行い、夜半まで動き続けているので、片道燃料での帰還は物理的に不可能です。



●第2艦隊航空機直掩無しでの沖縄特攻は厳密には間違え

続いて俗説である航空機掩護が全くないのはかわいそうと海軍航空隊の零戦が、午前中いっぱい南九州まで直掩した、というもの。

映画でお馴染みで、直掩の零戦に帽子を振る姿があまりにも印象的です。これは完全な創作であって、海軍は第2艦隊の護衛任務を一切行っていません。


宇垣司令が独断で見送る飛行隊を出す要請をした事実はあるようですが、現場でその要請に対して拒否してますので、結局直掩は出せていません。

中井貴一が大和直掩の零戦パイロットで俳優デビューしているのですが、残念ながら完全創作です。

では本当に航空機の掩護の無いまま大和以下第2艦隊は進軍したのでしょうか。

実は護衛行動をとったのは陸軍でした。

これを知ったときは驚いたものです。

南九州の精鋭第100飛行団を主力とする四式戦闘機『疾風』が41機が出撃し、制空権確保の為に12時から14時(大和轟沈の直前)まで奄美大島周辺海域において制空戦闘を行っています。そして奮戦し10機が未帰還になっています。

それにしても四式戦闘機「疾風」は強いですね。

従って航空機の掩護が無いまま沖縄へ向かった、という俗説も誤りです。


海軍軍人の生き残りが、「恥」としたからこの話が広まったのかも知れません。

wikiに戦闘詳報では5機から10機の零戦が午前10時まで上空警戒をしていた、と報告していることが記載されていますが、手元にある本物の戦闘詳報にそんな記述は一切ありませんので注意が必要です(事実かどうかは別にして)。
(wikipediaは間違えが大変多いです)

陸軍第100飛行団の大和護衛は後日取り上げますが、涙なしには語れません。



●救助に来た駆逐艦の士官が、救助を求める漂流者を日本刀で切りつけた
記載するのも馬鹿らしいのでどうしようかと思いましたが、信じている方もいる様なので、解説しておきましょう。

生存者の吉田満が架空戦記「戦艦大和ノ最期」を執筆し、最後の方に出てくる描写が元ネタで、拡散したのは朝日新聞天声人語。

伊藤整一中将は、沖縄へ向かう作戦中止を判断し、戦艦「大和」の艦首を北に向けさせます。笑えますが、片道燃料で北へ向ける意味はありません、というのは前述の通りです。ここで作戦中止を命令し、残存艦艇に漂流者救助の命令を出しています。大本営の作戦中止命令は16時頃ですが。

旧海軍において、上官の命令は絶対です。
救助に行け、と命令されれば救助に向かわなければなりません。

だから救助に向かった駆逐艦『初霜』の内火艇が、そこで漂流者に登って来るな、と日本刀で切りつけますか?そもそも救助に来て登って来るな、も不自然過ぎませんか?

 

そもそも初霜は矢矧の乗員救助をしており、大和乗員を救助していません。
話にもならない馬鹿げたものなので、リサーチする意欲もわきません。

ところが、これで非難されて訂正を求められた吉田満は訂正せず、検討する、と回答したそうです。検討するとはどういうことなのでしょうか。

 

こちらは後日ご本人が嘘であることを認めた、との情報もありますが、いずれにしても後日吉田満本人が死んでも、遺族は頑なに訂正を拒絶し続けました。この姿勢を、称賛する意味不明な団体が存在し、今に至っている、ということになります。

 

多くの生存者が事実を歪曲し過ぎで事実無根と訂正を求めたり証言をしています。

 

NHKはこういった圧倒的多数の証言を採用しません。大問題です。
NHK関係者の方見てますか?コメント待ってます。

戦死者を冒涜する人間の尊厳にもかかわる重要な問題です。亡くなった方をこれ以上辱めることはしないでもらいたい。

関連する話に、朝日新聞の朝鮮人慰安婦問題があります。


これは多くの日本人が知っている通り存在しない空想話であり、慰安婦と名乗り出て来ている人々も『稼げる』と朝鮮人ブローカーに騙されて連れ出された数人のこと。これは流石に嘘である証拠があり過ぎて、朝日新聞は紙面全面に嘘であったことを認め、謝罪広告を出しています。

 

知人の韓国人(全羅南道在韓)は従軍慰安婦が嘘の話であることは知っており、であるにもかかわらず謝罪を求め続けるのはビジネスの為だ、と割り切っています。酷い話。

でも慰安婦の方で先行きが見通せなくなってくると、今度はタイミングよく次の問題を日本人自ら作ります。出来過ぎです。
 

NHKが、端島の炭鉱で朝鮮人が強制労働をさせられていた、と写真付で報道したのです。

所謂軍艦島のことで、流石に元島民は訴訟を起こし、島内で朝鮮人など見たこと無いし、そもそも写真は端島の炭鉱では無い、とNHKを訴えて番組の訂正と謝罪を求めています。

NHKはこれに対し、一切の無視を決め込み、訂正する気がなく裁判は現在も継続しています。

国民は誰も何も言わず無関心です。

私は主義者ではありませんが、マスコミュニケーションの報道姿勢に大いに疑問を持ってます。


 

いつもながら結局長くなりましたが、冬月です。

 

カッターのボーダビットですが、天一号作戦所謂菊水作戦時の冬月は戦闘中の動画、写真から、カッターが搭載されていたのは100%確実、と断定させていただきました。

 

従って、通説通り、カッターとボーダビットは撤去された、というのはガセだったことが判明しています。

 

塗装いきますが、金属部品もあるのでプライマーサフを吹きます。

本日はそれだけです〜😁

 


追記

sidennkai3906さんに天一号作戦で防空戦闘中の冬月写真を見せていただきました。

 

通説であるカッターは撤去されていた、という伝承が確実に誤りであることを確認出来ました。

 

作戦中の冬月に思い切りカッターが映っています。

 

様々な本物の情報をご提供いただきありがたく、この場をお借りして感謝申し上げます。

 

 

 

 

 

第1次基本塗装までの必須工作

①舷窓の再現(0.6mmピンバイス開口)
②舷灯(エッチングパーツ)
③96式66cm測距儀(スクラッチ)

④スクリューガード(スクラッチ)
⑤後部第3缶室吸気口のスクラッチ

⑥各箇所へのラッタルの取り付け(エッチングパーツ)
⑦水密扉の取り付け(エッチングパーツ)

⑧カッターボーダビッドの設置
⑨内火艇ボーダビッドの設置

⑩2番主砲塔後部空中線支柱のスクラッチ

⑪階段

⑫スタン昇降口×2

⑬スタンキノコ型通風塔
 

 

冬月工程(訂正追記版)
●艦首
 ・簡易製造型への形状修正

●船体
 ・舷外電路の取り付け
 ・舷窓の再現
 ・スクリューガードの再現

 ・絡車モールドの切除
 ・爆雷投射台のモールド切除
 ・爆雷投射軌条の後部甲板支えスクラッチ

 ・絡車の作成

●10サンチ高角砲
 ・形状修正
 ・ジャッキステーの取り付け
 ・窓類の取り付け


●艦橋
 ・遮風板の再現
 ・窓枠の再現エッチング
 ・艦橋上部構造物の再現

  舷灯
  60cm探照灯
  12cm高角双眼望遠鏡5型
  二式哨信儀 発哨器スクラッチ
  二式哨信儀 全受器スクラッチ
  30cm信号灯スクラッチ

  96式66cm測距儀
  空中線支柱
  手旗信号台
 ・主檣前部レーダー測定室のスクラッチ
 ・艦橋ジャッキステーの取り付け
 ・水密扉の取り付け


●主檣
 ・ハンダ付けスクラッチ
 ・探照灯管制装置スクラッチ
 ・22号電探の取り付け
 ・13号電探の取り付け

 ・風力計のスクラッチ取り付け
 ・2キロ信号灯のスクラッチ取り付け
 ・気流信号箱のスクラッチ取り付け

●煙突
 ・煙突を後方へ延長
 ・後部第3缶室吸気口のスクラッチ
 ・後部小蒸気捨て管のスクラッチ
 ・蒸気捨て管前のスクラッチ
 ・蒸気捨て管右横のスクラッチ

 ・ファンネル頂部の再現

●中央機銃架台
 ・後部末端に存在する兵員待機室のスクラッチ
 ・方位感知器の設置
 ・手摺の設置

 ・25mm3連装機銃の設置
 ・その他ラッタルなどの取り付け

●後檣前機銃架台
 ・ブルワークの切除
 ・ブルワークのスクラッチ

 ・25mm3連装機銃の設置
 ・その他ラッタルなどの取り付け

●後檣とスキッドビーム
 ・後檣ハンダ付けスクラッチ
  掲旗斜桁

  無線桁(どうやって作るか)
 ・スキッドビームのスクラッチ+クレーンのスクラッチ
 ・13号電探の取り付け
 ・避雷針のスクラッチ
 ・点滅信号灯のスクラッチと取り付け
 ・方向信号灯のスクラッチと取り付け

 ・艦尾信号灯(完全十字のものなので汎用使用できず)
 ・空中線引き込み筒のスクラッチと取り付け

●後檣後機銃架台
 ・ブルワークの切除
 ・ブルワークのスクラッチ

 ・25mm3連装機銃の設置
 ・その他ラッタルなどの取り付け

●スタン
 ・爆雷投下軌条の取り付け
 ・爆雷投下台の取り付け

 ・爆雷投射器の設置
 ・爆雷投射台の設置

以降追記
●船体塗装①
 ・プライマーの塗布
 ・塗装(ネイビーブルー系)
 ・リノリウム甲板(筆塗り)

●艦橋横の機銃架台
 ・ブルワークの切除
 ・ブルワークのスクラッチ
 ・25mm3連装機銃の設置
 ・その他ラッタルなどの取り付け

●その他艤装類の設置
 ・カッターボーダビッドの設置
 ・内火艇ボーダビッドの設置

 ・船体手摺の設置
 ・船体防弾板の設置(手摺と同時並行で)
 ・25mm単装機銃の設置(エッチングパーツ)
 ・魚雷発射管の設置
  ジャッキステーなどの取り付け
 ・カッターの工作
 ・内火艇の工作