アオシマの冬月のキットを使って、冬月1945として製作するあり得ない無謀なチャレンジをしています。

 

最近睡眠時間が5時間ほどだと疲れが抜けきらない感じです。

朝起きるのが辛く、今までこんなこと無かったので、これも寄る年波には勝てない、と思っているところです。


本日も寝る前のちょい活頑張ります。

専用エッチングパーツが届く前に工作にはほぼめどがついてしまいましたので、エッチングパーツの方は、秋月型の涼月を製作する時に使用したいと思います。先週初めに中国本土から出荷はされた様ですが、船便なのか判りませんが未だに国内へは入ってきていません。

早速ですが、本日は塗装前に以下残工作で気が向いたものをチョイスして作業してみますが、面白味の無い記事になるので、本日は工作内容は記事から省きます。

・舷窓の再現(0.6mmピンバイス開口)
・舷灯(エッチングパーツ)
・96式66cm測距儀(スクラッチ)
・スクリューガード(スクラッチ)
・後部第3缶室吸気口のスクラッチ
・各箇所へのラッタルの取り付け(エッチングパーツ)
・水密扉の取り付け(エッチングパーツ)
・カッターボーダビッドの設置
・内火艇ボーダビッドの設置


冬月の色について(考証編)
昨日の記事で、天一号作戦時の冬月の塗装について考察をして、100%確実に舞鶴海軍工廠色では無いという断定をしました。

1945年8月下旬晴れの日に撮影された冬月の白黒写真を、画像解析に出しました。その結果、この色であれば白黒にした時に同じトーンになる、という色を、500種に限定して出してもらいました。

茶、緑、橙などの系統はまず無いので候補から外し、最も適切な色と思われるもの3種を選んでみました。


なるほど。前回意図的なこともなくネイビーブルーと表現しましたが、十分あり得ると思いました。暗いグレーに少し青が混ざる色です。

冬月は竣工こそ舞鶴ですが、佐世保や長崎、北九州、門司、呉などを拠点としました。激しい損傷の際に修理を行った所は様々です。

1944年12月に入り、損傷していた冬月は呉海軍工廠に入渠して修理されます。修理完了は、1944年12月27日。この時に艦橋両脇に25mm3連装機銃架台の設置、21号電探の撤去、22号電探と13号電探への換装工事が行われた記録が残っています。銀色のプライマー剥き出しの儘、ということはあり得ないので、ここで確実に塗装も行われている筈です。

1945年3月19日の呉海軍工廠に対する大規模攻撃で、出航して対空戦闘を行い無傷でしたが、1945年3月23日から、3月27日まで呉海軍工廠ドッグに入渠して何らかの工事をしています。恐らく時期的にこの入渠時に塗装もしていると考えて良いと思います。

しかし呉海軍工廠のドッグへの入居だから一番明るいグレー塗装になるのかも知れません。つまりこの時点で100%確実に舞鶴海軍工廠色では無いということになります。

しかし問題はその後で、煤や炭で意図的に黒く汚されるケースが大変多い、ということですが、汚すのを前提に明るいグレーで塗装するでしょうか。そんな無駄なことはしないのではないでしょうか。

この時期東京の海軍なんちゃら戦術研究所で考案されていたダズル迷彩や、対潜迷彩が確立していた時期で、戦艦長門はいわゆる緑系のザクカラーに塗装され、天城も隼鷹も日向も伊勢も榛名などの大型艦には大戦末期ほとんど緑色を基調とした迷彩塗装が施されます。

1945年3月末の最後の塗装から約5カ月後の冬月は、前述の通り黒に大変近い色になっています(写真は掲載できません)。終戦直後に塗装されることは無いと思いますので、1945年3月末の塗装とほぼ同じと考えて良いと思います。

煤や炭が塗られたまま5ヶ月経過することは考えられませんし、海軍の誇りが、汚いまま連合軍に接収される発想自体無く、綺麗にしよう、と隅々まで清掃した記録が多い中で、炭を塗りっ放しとは考えられません。

必然的に、呉海軍工廠で塗装された冬月は、戦争末期の駆逐艦の一般的な塗装をされた、と判断するのが妥当であり、今回製作する冬月の塗装は、佐世保海軍工廠色にネイビーブルーを足したものに調合して塗装してみたいと思います。


着色ではない天然カラー映像:1945年4月7日(曇)

(1)右舷側に被弾直後の涼月

   (天一号作戦時)

  リノリウムの色が茶色系であることがはっきり判ります。

  ※sidennkai3906さんにご指摘いただき天一号作戦時の涼月ではないことが確実で、係留ブイが見えます。元ネタの解釈が誤り。

 

(2)高速回避運動をしながら高角砲を発砲する冬月

   (天一号作戦時)

  これは冬月です、と言われれば確認するすべが無いのですが、これも冬月でいいのかな?

 

(3)魚雷が直撃した朝霜?

   (天一号作戦時)

  朝霜?も濃い色に見えます。

  ※こちらも朝霜ではありません。左上の他の船見えますし。

 

他にも天一号作戦時の会費運動をしながら対空戦闘を行う戦艦大和のカラー動画がありますが、大和も暗い色ですね。


着色ではない天然カラー画像で1945年10月に撮影された停泊中の夏月は上下2色塗装(≒海防艦塗装)が施されています(サムネイル画像)。


もしかしたら、冬月はこのツートンカラーだったのではないでしょうか。

上(呉海軍工廠色)下(ネイビーブルー)

もうどうしたらよいか迷路に迷い込んでいます。

皆さまのお考えをお聞かせいただければ幸いです。



本日は天一号作戦時の冬月の独自カラー考証でした。

※sidennkai3906さん色々ご教示ご指摘ありがとうございました!

 大変有難いですウインク


冬月工程(訂正追記版)
●艦首
 ・簡易製造型への形状修正

●船体
 ・舷外電路の取り付け
 ・舷窓の再現
 ・スクリューガードの再現
 ・絡車モールドの切除
 ・爆雷投射台のモールド切除
 ・爆雷投射軌条の後部甲板支えスクラッチ

 ・絡車の作成

●10サンチ高角砲
 ・形状修正
 ・ジャッキステーの取り付け

●艦橋
 ・遮風板の再現
 ・窓枠の再現エッチング
 ・艦橋上部構造物の再現

  舷灯
  60cm探照灯
  12cm高角双眼望遠鏡5型
  二式哨信儀 発哨器スクラッチ
  二式哨信儀 全受器スクラッチ
  30cm信号灯スクラッチ

  96式66cm測距儀
  空中線支柱
  手旗信号台
 ・主檣前部レーダー測定室のスクラッチ
 ・艦橋ジャッキステーの取り付け
 ・水密扉の取り付け


●主檣
 ・ハンダ付けスクラッチ
 ・探照灯管制装置スクラッチ
 ・22号電探の取り付け
 ・13号電探の取り付け

 ・風力計のスクラッチ取り付け
 ・2キロ信号灯のスクラッチ取り付け
 ・気流信号箱のスクラッチ取り付け

●煙突
 ・煙突を後方へ延長
 ・後部第3缶室吸気口のスクラッチ
 ・後部小蒸気捨て管のスクラッチ
 ・蒸気捨て管前のスクラッチ
 ・蒸気捨て管右横のスクラッチ

 ・ファンネル頂部の再現

●中央機銃架台
 ・後部末端に存在する兵員待機室のスクラッチ
 ・方位感知器の設置
 ・手摺の設置

 ・25mm3連装機銃の設置
 ・その他ラッタルなどの取り付け

●後檣前機銃架台
 ・ブルワークの切除
 ・ブルワークのスクラッチ

 ・25mm3連装機銃の設置
 ・その他ラッタルなどの取り付け

●後檣とスキッドビーム
 ・後檣ハンダ付けスクラッチ
  掲旗斜桁

  無線桁(どうやって作るか)
 ・スキッドビームのスクラッチ+クレーンのスクラッチ
 ・13号電探の取り付け
 ・避雷針のスクラッチ
 ・点滅信号灯のスクラッチと取り付け
 ・方向信号灯のスクラッチと取り付け
 ・艦尾信号灯(完全十字のものなので汎用使用できず)
 ・空中線引き込み筒のスクラッチと取り付け

●後檣後機銃架台
 ・ブルワークの切除
 ・ブルワークのスクラッチ

 ・25mm3連装機銃の設置
 ・その他ラッタルなどの取り付け

●スタン
 ・爆雷投下軌条の取り付け
 ・爆雷投下台の取り付け

 ・爆雷投射器の設置
 ・爆雷投射台の設置

以降追記
●船体塗装①
 ・プライマーの塗布
 ・塗装(ネイビーブルー系)
 ・リノリウム甲板(筆塗り)

●艦橋横の機銃架台
 ・ブルワークの切除
 ・ブルワークのスクラッチ
 ・25mm3連装機銃の設置
 ・その他ラッタルなどの取り付け

●その他艤装類の設置
 ・カッターボーダビッドの設置
 ・内火艇ボーダビッドの設置
 ・船体手摺の設置
 ・船体防弾板の設置(手摺と同時並行で)
 ・25mm単装機銃の設置(エッチングパーツ)
 ・魚雷発射管の設置
  ジャッキステーなどの取り付け
 ・カッターの工作
 ・内火艇の工作