ようやくWiFiが何とか使えるルクソールの街に上陸。

 

我々日本人のご先祖様も必ず辿ったルート。

感慨深いです。

自分の何世代前のご先祖様がここを通過したのでしょう。

 

絶対いつかは行くとは思ってました。

 

エジプト最高ですよラブ

 

 

それにしても本来南部に行けば行くほど

気温は高くなるはず。

 

だけど、北部に近づくに従って、

(南からナイル川沿いに北上しています)

今年は50度超えないので

涼しい夏なはずだそうですが、

連日44~48度までの気温上昇ちゅー

スマホが外出て4~5分でご臨終です。

 

耐熱仕様じゃないからね。

 

でも流石に毎日これだと暑さ慣れてきます。

ほぼどこもクーラー無いし。

 

毎日水を2ℓ~3ℓ飲んでます。

 

ズボンだと汗で突っ張って

階段や遺跡登れなくなるため

 

ガラベイヤ

機能的で現地の請売りではなく

一番優れた服装。

女性がブルカを纏うのも日焼け対策に

とても適っています。

 

それにしても同行軍関係者の軍人さんは、

毎日スーツにネクタイ。

街中の人も、基本長袖長ズボンかガラベイヤ。

 

 

 

 

 

こんな記事の展開、ご興味ない方はスルーで。

アブシンベル大神殿と関連情報で、インターネットで

確認できない情報を中心にリポートします。

 

 

 

今回行く最南端がアブシンベルの街でしたが、

最高気温は50度超えを

覚悟していましたが、

実際の最高気温はサハラが冠水する程の

大雨☔だったこともあり、

気温は控えめで最高でも34度くらい。

 

ちょっと振り返りで

アブシンベル神殿を見学したところから

リベンジ記事にしてみます。

 

前日の日没後、ライトアップされた神殿を

見に行ってみました。

 

光と音のショーとして

観光客にはヘッドフォンセットが貸し出されて

プロジェクションマッピングを見ることができます。

音楽は全体に流れますが、

ナレーションはヘッドフォンから。

 

実はご当地。

世界屈指の星空観賞の場所なんです。

駄菓子菓子!

連日の雨☔と曇天☁模様

☆が2~3個しか見えませんでした。

 

 

 

 

 

 

これは古代エジプトにおける最も偉大な王の一人

ラムセス2世が、下ヌビア(スーダン)に

建設した大神殿です。

アスワン・ハイダムの建設により

水没の危機を山の上への移築という形で

救済した活動がユネスコの世界遺産指定へと

繋がっていった人類の歴史にとって大切な遺産です。

 

我々の遠い過去の遺伝子は、この下ヌビア地区を

通らずしてアジアへ進出することはできませんので、

必ず我々の先祖が通って来たルート上に存在する遺跡

ですから、感慨深いものです。

 

現在のヨルダン付近の権益を巡って、

今から約3,000年も昔

古代エジプトで最も偉大な王の一人

ラムセス2世

が、カデッシュの戦いで、

ヒッタイト・ハッチと戦闘し、

ぼろくそ敗戦したのに数にものを言わせて

人類史上初めてヒッタイト側と平和条約を結んだ

ことが詳細(盛られまくって)に文字で記録された

貴重な神殿でもあります。

 

ラムセス2世には40人もの奥様がおり、

その中で最も愛した妃が、

あまり日本では有名ではありませんが、

ネフェルト・イリ

でした。

 

そんなネフェルト・イリの為に建てた

神殿も、アブシンベル小神殿として

右隣に聳えます。

 

宿泊場所に還って夕飯食べて翌朝は早起きして

日の出を見つつ、神殿内部に入ってきました。

アブシンベル大神殿の入り口両脇には、

2体ずつ計4体のラムセス2世座像が

圧倒的存在感を示します。

 

その内の左から2体目のラムセス2世座像は

ラムセス2世の治世中の前1303年頃~前1213年頃

に発生した巨大地震によって

完成後間もなくして崩落してしまいました。

日の出前の滅茶苦茶早い時間なのに、門番のおっさんが

もう配置に着いています。

前日開いていなかったドアも開けてもらい、

ほぼほぼ貸し切り状態での見学。

 

事前にスペイン人が大挙して来ることを

察知していたので、1番乗りで退散するつもり。

 

入り口に入る前に、左手には

近寄ることはできませんでしたが、

ヒッタイト・ハッチの王女とラムセス2世とが

婚姻の契りを結んだ記念碑がレリーフ付で

描かれています。

 

ピンチアウトするとリーフがよく見えるでしょう。

インターネットに未だ流通していない情報と画像です。

 

崩落している左から2体目のラムセス2世座像の土台には、

ラムセス2世のカルトゥーシュ(ファラオ専用マーク)

が確認できます。

 

これもいかにもいい加減な修復跡と思うなかれ。

これは右から2番目のラムセス2世座像の右ひじの

崩落を防ぐための古代の修復跡。

 

列柱室を過ぎてオシリス神立像の部屋に入ります。

巨大な空間が見学者の大きさと比較できます。

 

そして一番奥には、至聖所があり、

ご本尊が今でも安置されています。

ここが春分の日、秋分の日にここまで朝日が

入る、ということになります。

 

ピンボケですが、カディッシュの戦いを描いたレリーフ。

 

そして、有名なレリーフ。

ラムセス2世がヒッタイト・ハッチをやっつけた、

ということを表現している。

やっつけられたのお前だろですが(笑)

赤枠の箇所。

大変珍しいことがヒエログリフで

表記されています。

このレリーフの作者の刻印です。

ヌビアの「ピアイ」という方がこの

レリーフの作者だそうです。

 

ラムセス2世誕生秘話を描いたレリーフ。

セト神(左)とホルス神(右)がラムセス2世に

王冠👑を授けている様子を表現したいます。

左のセト神は、父であるセティ1世を表しています。

 

つい内部見学に熱中してしまって

朝日が昇るのを見に来てこのざま。

アブシンベル大神殿の反対側も判る写真なので

取り敢えず載せておきます。

 

 

アブシンベル小神殿は

王妃ネフェルト・イリの為に作られた神殿ですが

こんな記事読みたいと思います❓

ご希望あれば続けますが・・・ショボーン

 

アブシンベル大神殿に興味のある方は、

私の記事なんぞを見なくとも

解説されているものが多いので、

そちらを参考にいていただければ。

 

 

エジプトの主たる収入源が観光業。

その観光業における痛手となったのが、

私も今回行って来た

「ハトシェプスト女王葬祭殿」

におけるアルカイーダの観光客虐殺事件。

 

観光をしていた、26名の日本人新婚カップルを含む

50名以上の方々が、

当地でイスラム原理主義派

(当時は、ウサマ・ヴィン・ラーディン率)

アルカイーダによって

ナイフで一突きずつ、苦しんで死ぬように

複数個所を刺されて惨殺されました。

 

実はその事件がどうやって解決されたのか

日本では報道されていないのでは❓

 

ハトシェプスト葬祭殿での事件は、

現地にいたアラブ人のおっさんによって

近くのエジプト人のおっさんに知らされました。

 

道端で

「ワン・ダラー」

と声をかけてくる超うざいおっさんたちは

観光客を殺害したアルカイーダに激怒し、

一致団結して犯人たちの行動を辞めさせる

行動に出たそうです。

 

何十名もの激怒したおっさんたちは、

丸腰で同じアラブ人のアルカイーダの犯人たちに

次々に襲い掛かり、

堪りかねたアルカイーダは観光バスを乗っ取って

逃走を始めますが、

結局はおっさんたちと駆けつけた警察によって

あっという間に制圧されたそうです。

 

日ごろの生計を建てている彼らにとって

原理主義は邪魔意外何物でもありませんでした。

 

確か当時アルカイダ№2は、エジプト人の

アイマン・ザワヒリ

だったかと思います。

 

以降観光地は厳重な柵で囲まれ、随所に監視所

観光地に入る為には厳重な荷物検査が必要。

数十名ものカラシニコフを引っさげた兵士が

護っています。

 

人の手が及ばないところは、監視カメラで

24時間監視されます。

 

特にピラミッドエリアは、軍用基地そのものの様に

全体が防護柵で守られ、数百名の兵士によって

防衛されています。

 

そして何よりも団体の場合

通常の宿泊場所や全て行動も軍警察関係者が

同行します。

レストランに入る時も。

 

だから安心してエジプトに来てね、という

蒙然たるアピール。

 

その本気度は本当にすさまじいものです。

 

それにしても

以前のシリア編などでもご紹介しましたが

アラブ人。

世界の数ある人種の中でも一番人間らしく

逞しく

純粋に

生きています。

 

だからアラブ人は好きてへぺろ

 

今日は言葉多めで。

ではパーチーン

 

 

 

# アブシンベル大神殿

# アブシンベル小神殿

# ラムセス2世

# ラムちゃん

# ネフェルト・イリ

# ネフェルタリじゃないよネフェルト・イリだよ

# アブシンベル神殿

# 下ヌビア

# エジプト