今年も8月がやってきました。
先の大戦が終戦を迎えたのは1945年9月2日。
日本の無条件降伏調印式が東京湾上のBB-63ミズーリで行われ、これを以てアメリカとの休戦が成立することになります。正式な終戦は更にずっと先になりますが。
1945年8月15日は、昭和天皇の国内向け玉音放送が行われたのと、トルーマン大統領が日本のポツダム宣言受諾を明らかにした日でもあります。日本では事実上この8月15日を以て終戦の日とし、今まで先の大戦で亡くなった方々を鎮魂し、平和を願ってきました。
今年も振り返ってみましょう。
日本人は、偏った戦後教育により、事実を知らないまま、日本人だけが一方的にやられて悲劇的な結末を迎えた、と信じ込まされてきました。平和平和と叫んでいる所謂「外野の人」に多いのですが、戦争の恐ろしさを理解していない輩が多いと言わざるを得ません。
ですから、これでは真の平和考究にほど遠い自己満足になってしまうと私は危惧しています。
一方のアメリカ側も必死だったのは同じなわけで、原爆がアメリカを危機から救った、という見解はそこから来ています。
でも私たち日本人にとっては、何を言ってるんだ?となりませんか?
日本はズタボロだったから原爆など使う必要性は無かった、と思っている人多くありません?(葛藤はあって今でもそう思うところが正直私にもあります)
だから戦後の偏った擦り込み教育というのは恐ろしいもので相互理解にほど遠いと思うのです。
一方の(しかも歪められた)視点で見ていくのはやはり歴史を俯瞰する上ではよろしくありません。
戦争の要因にしてもそうです。
そもそも軍部の台頭が・・・ではなく、国民に責任があります。世論形成をして軍部の跳梁を許したのは国民の世論形成です。戦争の拡大を望んでいなかったのは政権側だったのは絶対間違えありません。でもその政権を及び腰、弱腰と非難したのは新聞社や国民です。その国民の意見に迎合して出てきたのが軍部なのです(煽った朝日新聞社等だって相当責任はあります)。当時の政治家達の言語録や国会などの公的記録をご自身で確認してください。
いつの時代もシビリアンコントロールとは言ったもので、国民の愚かな意見に迎合する政権はろくな結果を生みません(隣の半島南部しかり)。
終戦後に戦争の要因を当時の政権のせいにする人が多く出てきましたが、それは後出しジャンケンで、完全他責(人のせい)なので絶対間違えです。
話は逸れましたが、敗戦国の日本より、戦勝国であった国々の被害は、日本人の比ではありません。こちらもご自身で調べていただければと思いますが、日本人の何倍もの方々が亡くなってます。
大切なのは、ハル・ノートの計画通りに日本が動かなければならなくなったのは何故か、を一国民として考えていく必要があると思うのです。
アメリカ🇺🇸がこの戦争に必死だったことを数値的に示されているものとして、当時の国家財政を示す資料を見ると明らかです。債務超過が見て取れますので戦争継続自体が1945年以降大変難しかったことが判るでしょう。是非公開されている公文書を見て確かめてください。例のプロパガンダと共に購入を奨励された愛国債で乗り切っているギリギリの状況でした。
更に粛清と称して2,000万人の国民を虐殺し、中央集権化に成功した共産党🇨🇳(ソ連)が朝鮮半島と日本(北海道)占領を目指しており、戦後想定される共産圏との対峙に残された時間は無かった、ということが原爆投下を決断させた理由、となっています。
キットは1/250 原爆ドームです。私の父に走ってもらい、平和資料館で購入してもらい、送ってもらいました。
明日までには間に合いませんので、ゆっくり作ります。
先の戦争で犠牲になられた方全ての方に哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りいたします。どうぞ安らかにおねむりください。
それでは皆さま本日もお疲れ様でした。
おやすみなさい。
以下、昨年のリブログも是非ご覧ください❗️

