歴史に向き合うとはどのようなことか。
歴史の真実を見つめ、その真実に基づいて自省し、未来に向かくことである。
歴史から目をそらし、自己を正当化して、未来を誤ることではない。
敗戦50年の節目に、村山富市首相が「談話」を発表した。
国会決議は行われなかったが、日本の戦争責任を明らかにしたものである。
「侵略」、「植民地支配」、「痛切な反省」、「心からのおわび」
の文言が明記された。
歴史に向き合い、未来を切り拓くための「談話」であった。
この「村山談話」によって、歴史問題には一つの区切りがつけられた。
この「談話」を踏まえて、日本は近隣諸国との友好関係構築に力を注ぐべきである。
ところが、安倍晋三氏がこの問題を蒸し返した。
新たに「談話」を発表することを表明し、そのなかで、「村山談話」に明記された
「侵略」、「植民地支配」、「痛切な反省」、「心からのおわび」
の文言を除去したいとの思惑が示されてきた。
これは、正しい歴史への向き合い方ではない。
過去の過ちを正視し、それを認めたうえで反省し、謝罪する。
そして、正しい未来を構築することを指向する。
これは間違った行動ではないのだ。
その正しい歴史への向き合い方を否定し、自己正当化に走っても、得るものは何もない。
鳩山友紀夫元首相が8月12日、日本が朝鮮を植民地支配した時代に独立活動家を収監したソウルの西大門刑務所跡地を訪問し、独立活動家らをしのぶ記念碑に献花したうえで、靴を脱いでひざまずき、7秒間合掌した後に頭を下げた。
鳩山元首相は内外の記者団に
「(植民地統治をした日本が)拷問というひどい仕打ちを与えてしまい、命を奪うことまで平気でやったことに、心からのおわび、追慕の思いをささげたい」
と述べた(共同通信)。
また安倍晋三首相が発表する戦後70年談話について
「植民地統治や侵略、それらへの反省と謝罪が当然含まれなければならない」
と述べた。
これこそが、歴史に向き合う正しい姿勢である。
歴史に向き合い、過去の過ちを反省して謝罪する行為は、賞賛こそされるべきものであって、避難されるべきものでない。
反省し、謝罪する行動は、自信と勇気がなければできないことである。
自信と勇気がない人間は、過ちを過ちとして認めることもできなければ、反省し、謝罪することもできないのだ。
真実を正視し、認めるべき過ちを認め、反省し、謝罪する。
このことによって、和解が成立するのである。
和解によって、未来が開けるのである。
米国の映画監督であるオリバー・ストーン氏が一昨年の8月6日、原爆の日に広島で講演した。
オリバー・ストーン氏はこう述べた。
「第二次大戦で敗戦した2つの主要国家はドイツと日本だった。
両者を並べて比べてみよう。
ドイツは国家がしてしまった事を反省し、検証し、罪悪感を感じ、謝罪し、そしてより重要な事に、その後のヨーロッパで平和のための道徳的なリーダーシップをとった。
ドイツは、60年代70年代を通してヨーロッパで本当に大きな道徳的な力となった。
平和のためのロビー活動を行ない、常に反原子力であり、アメリカが望むようなレベルに自国の軍事力を引き上げることを拒否し続けてきた。
2003年、アメリカがイラク戦争を始めようというとき、ドイツのシュローダー首相は、フランス、ロシアとともにアメリカのブッシュ大統領に“No”と言ったのだ。
しかし、第二次大戦以来私が見た日本は、偉大な文化、映画文化、そして音楽、食文化の日本だった。
しかし、私が日本について見る事の出来なかったものがひとつある。
それは、ただのひとりの政治家も、ひとりの首相も、高邁な道徳や平和のために立ち上がった人がいなかったことだ。
いやひとりいた。
それは最近オバマ大統領の沖縄政策に反対してオバマにやめさせられた人だ。」
オリバー・ストーン氏が
「いやひとりいた」
と述べた、その元首相こそ、鳩山友紀夫氏である。
鳩山氏を擁護する人は少ないでしょうから、私が感じるところを記したいと思います。
おそらく氏自身の誠実さから、こうせざるを得なかったのだと思います。
私は氏の行動を称賛します。
韓国人の立場に立てない人は、次のような想像をしてみてください。
私の妻は被爆2世であり、彼女の父は原爆投下まもなく爆心地に入り、入市被爆をしています。
広島・長崎の原爆投下において深く傷ついている人々も、相当の数に上ります。
そんな中で、かつての米国大統領、例えばカーターとかクリントンが平和記念公園の慰霊碑の前で額づき、心からの謝罪をしたとしたら、どうでしょうか。
現役のオバマがこれを行なえば、さらに良いと思います。
おそらく被爆者の心の中の何かが溶け出すと思うのです。
鳩山氏が行ったのはまさにこうしたことで、
愚かな指導者は、現在ひたすら日本を戦争へと向かわせようとしています。
一方鳩山氏は、平和のための最も大切な、まさに韓国の人たちの琴線に触れる行動をとったと言えます。
どちらが本物の指導者なのかは明らかです。
下のチャイナ・ネットの記事を見ても、その事がはっきりとわかります。
モニュメントに献花し、膝をついて合掌する鳩山元首相=ソウルの西大門刑務所跡地
【ソウル=名村隆寛】韓国を訪問中の鳩山由紀夫元首相は12日、ソウル市内にある西大門刑務所の跡地(西大門刑務所歴史館)を訪問した。
同刑務所は、日本の朝鮮半島統治時代に独立活動家らが収監されていた場所で、韓国では“抗日”の象徴。現在は独立活動家らの「苦難の歴史」が、写真や資料で館内に展示されている。
30分あまりにわたって館内を見学した鳩山氏は、独立活動家らをしのぶモニュメントに献花した。
さらに、鳩山氏は靴を脱ぎ、膝を屈したうえ、モニュメントに向かって手を合わせ、ぬかずいた。
この後、記者会見した鳩山氏は、
「元日本の総理として、ひとりの日本人、人間としてここに来ました」
と述べた。
その上で、
「日本が貴国(韓国)を植民統治していた時代に、独立運動家らをここに収容し、拷問というひどい刑を与え命を奪ったことを聞き、心から申し訳なく思っている。
心から申し訳なく、おわびの気持ちをささげていきたい」
と謝罪の言葉を繰り返した。
鳩山氏の土下座、日本の最も尊厳ある瞬間
韓国メディアの報道によると、日本の鳩山由紀夫元首相は12日、ソウル市内にある西大門刑務所の跡地を見学し、日本の占領下で虐殺された韓国の烈士165人の名前が彫られた追悼碑の前でひざまずき、目を閉じ合掌した。
鳩山氏はその後、現場の記者に対して、
「心から謝意を表した。彼らに謝意を表したかった」
と話した。
鳩山氏は民主党元党首で、2009-2010年の短期間に首相に就任した。
鳩山氏は、日本の侵略を受けた国の犠牲者の追悼碑前でひざまずいた、日本初の有名な政治家だ。
韓国の世論は昨日、大きな反応を示した。
人々は鳩山氏への敬意を表し、安倍首相もこの元首相にならうべきだとした。
ある韓国のネットユーザーは、鳩山元首相は
「一挙に5000万人の韓国人のファンを獲得した」
とコメントした。
またある人は、安倍首相も鳩山氏のように謝罪できれば、
「世界から尊敬される人」
になるとした。
しかし残念なことに、鳩山氏は日本の政界で窓際に押しやられており、現在の日本の主流社会での求心力と代表性は限られている。
安倍首相の周辺には、無念を晴らそうとする好戦的なナショナリストが集まっており、外に対して日本の公式な声を発している。
鳩山元首相が韓国慰霊碑で土下座した弔意の精神と、戦争法案の精神と、どちらが国民にとってましか?
http://31634308.at.webry.info/201508/article_11.html
http://31634308.at.webry.info/201508/article_11.html
鳩山元首相が韓国を訪問し、日本が統治していた時代に政治犯への拷問などで亡くなった人達の慰霊碑の前で、韓国の人が行う最も礼を尽くした礼式(ひざまづいてお辞儀)で慰霊した。
その姿を見てフジテレビの小倉キャスターが、ここまで謝るのはいかがなものか、日本外交に悪影響を与えると述べた。
さすが、フジテレビお抱えのキャスターである。
そういう発想しか出来ないのであろう。
当然、これを安倍首相らは見ているはずで、鳩山氏の行為は日本の立場を表していないと、激怒していると思われる。
そもそも安倍氏の発想には、鳩山氏のような行為をすること自体、思いも及ばないもので、その発想の中には、人の生命に対する畏敬の念が感じられない。
韓国人は決して悪い気はしないはずで、安倍氏は鳩山氏に感謝すべきだろう。
参議院の質疑で、共産党の小池氏が、党が入手した防衛省統合幕僚監部の内部文書、
「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)及び平和安全法制関連法案について」
のことを質問した。
この中では、戦争法案が成立したことを前提に、今後のガイドラインが検討されているという。
これは、正に安倍首相が米国の議会において、戦争法案を可決させると断言したことが背景にある。
つまり、絶対多数を持っていれば、何でも出来ると。
毎日新聞には、イラク派遣においては、「戦死」を始め、あらゆる想定に備えて準備していることが暴露された。
今回の戦争法案は、イラク派遣とは規模が違う。
安倍首相は後方支援と言っているが、後方兵站こそ、戦争を行うための最も重要な役目であり、敵から見れば、兵站を断つことが戦争の最も重要な戦略の一つである。
従って、イラク派遣時の戦死者数とは桁が違ってくる。
安倍首相はいつも、危険は無い無いと連呼しているが、今度は確実に戦死者が出る覚悟をどこまでしているのか、甚だ疑問である。
血を流すことが、米国と対等な関係を担保するという考えは、甚だ国民には迷惑なもので、自衛隊員の成り手は確実に減り、徴兵制の復活は必至である。
陸自:イラク派遣「戦死」想定 連絡体制など準備
http://mainichi.jp/shimen/news/20150813ddm001010157000c.html
毎日新聞 2015年08月13日 東京朝刊
陸上自衛隊が2004~06年にイラク南部サマワで実施した人道復興支援活動で、「戦死」を想定して準備していた対応の詳細がわかった。
死者が出た場合には3時間以内に家族に連絡する体制を整備。
死に直面した隊員のため、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の対策チームを日本から急派する体制もとった。安全保障関連法案の国会審議では自衛隊員のリスクをめぐる議論が深まらないままだが、派遣される側の自衛隊は10年前から死に備えていた。(14、15面に「これまで・これから 戦後70年」)
08年5月に自衛隊がまとめた内部報告書の「イラク復興支援活動行動史」によると、死者が出る状況を「不測事態」と表現。
家族への通知の責任者を部隊長に指定し、留守宅の連絡先を事前に2カ所把握した。
連絡時間を3時間以内としたのは、報道機関から初報が伝わることを防ぐためで、部隊と陸上幕僚監部、防衛庁(当時)本庁も参加して訓練も実施した。
「死あるいは惨事と接する活動」
「多数の死体、変死体と接する活動」
で隊員が受けるストレスを「惨事ストレス」と規定。
発生時には自衛隊中央病院(東京)から、精神科医の医官1人、心理幹部(カウンセラー)1人の「メンタルヘルス支援チーム」を派遣するとしていた。
行動史は、イラク派遣を知らされた両親がうろたえた例などを挙げ、
「軍事組織においては隊員は身の危険を顧みず任務を達成することが求められ、家族にもその覚悟が求められるが、現実にはそうではない面があった」
と指摘。
「自衛隊がやや曖昧にしてきた『家族の意識改革』醸成措置を行うべきである」
と記述し、家族にも覚悟が求められるとしている。
そのうえで、遺族に支払う弔慰金(賞じゅつ金)の増額や、瀕死(ひんし)の重傷を負った場合の叙勲規定の新設などを求めた。
また重傷者を現場から運び出す手段がないため、ヘリを自前で確保するよう求めた。


