戦争法案の中身は人を殺す、殺されるの問題であるが、それが無いかのような政府答弁。
http://31634308.at.webry.info/201507/article_28.html
http://31634308.at.webry.info/201507/article_28.html
今日の参議院での戦争法案の議論は、衆議院とは一味違う内容であった。
良識の府であるだけに、野党の追及が中々面白かった。
この大事な時期に、安倍首相の補佐官である礒崎氏が、
戦争法案は日米同盟の集団的自衛権の確保が大切で、
「法的安定性は関係がない」
と述べたことを、民主党の福山議員が追及していた。
今までの自民党では、政府内にいる議員はこのような暴言は決してしなかったが、先日のマスコミを懲らしめる発言を含めて、類は友を呼んでいる。
明らかに、自公絶対多数で何を言っても通ると高を括っている。
弛み切っている。
同じく民主の大塚議員が、今回の戦争法案に並行して自衛隊内で戦闘における医療関係の検討がなされている議事録を開示して、首相、防衛大臣に質問していた。
内容は、戦闘で弾が飛び交う中において、怪我人の状態で医療を行う質を決めるものである。
事例では、
隊員の顔の大半が損傷した場合、
腕足が無くなった場合などが書かれていて、
どこまでその隊員を治療するかのガイドラインを議論しているものであった。
大塚議員は、安倍首相は衆議院で戦争法案が成立しても、自衛隊員の安全は増えて、危険が減ると述べていることについて、全く誤ったイメージを国民に与えたと述べた。
自衛隊の中では、安倍氏の国会で話した内容と正反対の検討をしている。
安倍首相は、このような危険があることを国民に知らせるべきであると迫った。
これには、安倍首相も複雑な顔をして、そのようなことにならないように安全性を考慮すると答えるのが精一杯であった。
これは全く答えになっていない。
政治家は勝手に戦争法案を通そうとしているが、
現場では実際に弾が飛んでいる交戦状態において、
どんな負傷の場合は助けるための医療を行うのか、行わないのかの議論をしている。
このような話は、自衛隊員に対しても開示されていない。
大塚氏は、こういう情報も開示して議論しない限り、国民に不誠実であるとのべた。
安倍がニコニコ動画で、アソウ君がチンピラに絡まれたら助けてやらなければならないという、全く不誠実なたとえ話と対局をなす。
そんなたとえ話を平気で述べている神経に安倍首相が国民をバカにしている品性が現れている。
「法的安定性は関係ない」 安保法案で首相補佐官
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015072702000213.html
礒崎陽輔(いそざきようすけ)首相補佐官は二十六日、大分市で講演し、憲法解釈を変更して集団的自衛権行使を可能にする安全保障関連法案について、法的安定性を損なうとの批判があることに反論した。
「法的安定性は関係ない。わが国を守るために(集団的自衛権行使が)必要かどうかが基準だ」
と述べた。
テロに核兵器が渡ったら使われると書いた田原総一朗
http://new-party-9.net/archives/2304
http://new-party-9.net/archives/2304
私が偶然目にした朝まで生テレビは広島から中継されたが、その背景には、やはり田原総一朗の原爆投下に対する思い入れがあったのだ。
きょう発売の週刊朝日の自らの連載コラム「ギロン堂」で書いている。
そして、そのコラムの中で、彼は、かつてキッシンジャーにインタビューした時、原爆投下の責任を厳しく追及したら、キッシンジャーは苦痛な表情を浮かべた後で、投下しなければもっと多くの被害者が出たと答えた事に言及し、ならば20万人ともいわれる原爆犠牲者はどうなんだと怒って見せる。
私が注目したのはその後に田原氏が述べた次の言葉だ。
核兵器はもはや核保有国間では使用できなくなった。
しかしテロは別だ。
テロに渡ったら使われる。
だからこそ米国は核廃絶を言い始めたのだと。
そのとおりである。
私が言い続けてきたことだ。
しかし田原氏と私の違いは二つある。
彼は、自ら認めているように、政府関係者から聞いた受け売りであるが、私はこの耳で聞いた。
かつてレバノンの大使であった時、レバノンに逃れたパレスチナ武装抵抗組織の若者が私の前で確かにこう言ったのだ。
いま我々に核爆弾があれば、何のためらいもなくテルアビブに撃ち込む、
と。
誰も我々を止められない、被爆国の日本であってもだ、
と。
近未来小説「アマル」の中の運転手は、彼がモデルなのだ。
もう一つは、もし彼が核保有国間の核戦争は起こらない、しかしテロの渡ったら別だ、と本気で考えているなら、日本が米国の核の傘に守られているという言説は、もはや妄言だということだ。
そこまで言わなければ彼の「日本は核廃絶に貢献せよ」という言葉は本物ではない
(了)


