原爆による人工地震をにおわすB29散布ビラ発見
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201201/article_85.html
原爆による人工地震をにおわすB29散布ビラ発見
素晴らしい資料なので、勝手にお借りしました。ありがとうございます。
●原爆による人工地震をにおわすB29散布ビラ発見
2011/10/4(火) 午後 8:18対日地震攻撃
「NO.2048(右上。製造番号)
1923年諸君の国に大損害を及ぼした、かの大地震を記憶しているか。米国はこれに千倍する損害を生ぜしめる地震をつくり得る。かくのごとき地震は、二トン半ないし四トンの包みにして持ってこられる。これらの包みはいずれも数年間をかけた苦心さんたんの賜物を二、三秒間内に破壊しうるのである。米国式地震を注目して、この威力が放たれた際に大地の震動を感知せよ。諸君の家屋は崩壊し、工場は消失し、諸君の家族は死滅するのである。米国式地震を注目せよ―諸君はそれが発生するときを知るであろう。」
赤字部分の私の解釈
「地震は、2トン半から4トンの原爆でおこせる。この原爆は、アメリカが数年間をかけた苦心惨憺の開発の上完成したものだが、これを2,3秒で起爆できる。」
これは、太平洋戦争中にアメリカ軍が日本本土に空からまいた伝単(宣伝謀略ビラ)です。いつどこでまいたのか、あるいはけっきょくまかなかったが戦後まで残ったのかは不明ですが。下記の本から使わせていただきました。
典拠「宣伝謀略ビラで読む、日中・太平洋戦争」P187 一ノ瀬俊也著 柏書房株式会社 2008年
話はさかのぼりますが、 太平洋戦争中の1944年12月7日の東南海地震は愛知県や紀伊半島中心に甚大な被害をもたらしました。
この地震は、NHKの番組による暗示やリチャードコシミズ氏の主張にもあるとおり、(公式には1945年中に完成だが実際は)開発済みであったかもしれない原爆を、アメリカ軍が1944年中に紀伊半島沖の海底に埋め込むか、海底に置き、これを起爆して人工的におこしたものであったかもしれないのです。
その理由は、
①この地震が、真珠湾攻撃(つまり日米戦争勃発の日)からぴったり3年後の12月7日(日本では12月8日だが、その一日前におきたことにむしろ深い意味)におき、日本は意気消沈、アメリカは大喜びで、アメリカ国内で新聞報道されており、自然におきた地震にしてはあまりにもタイミングがよすぎ(911や311もきまって「11日」におきていることを想起)、確率的にみてあまりにも不自然。
②地震直後に「地震のつぎは何をお見舞いしましょうか」という、B29による伝単が空からまかれたという。実際そのあと名古屋市空襲が続いた。あらかじめ、予定した地震であるから、大地震→名古屋空襲という、スムーズな連続攻撃ができたのではないか。
③当時の地震計の記録による波形が、紀伊半島沖震源であるにしては、ある程度の距離があるにもかかわらず、P波の振動が波形にほとんど残っていない。
これに対し、②は「地震がおきたことを知ったアメリカ軍が、それを利用しておどしをかけたにすぎず、人工地震であるとはいえない」という反論がありました(コシミズブログへの投稿)。
わたしはコシミズ氏のほうに賛成です。その理由は、上記①~③以外に、以前紹介しましたOSS(CIAの前身)文書に、「地震をおこして日本人をおどかしてやれ」とあるからです(書庫「人工地震機密文書」参照)。
すなわち、
当時の情報宣伝謀略機関であったOSS作成で、1990年代になって機密解除されてでてきた作戦計画書「Psychological Warfare Earthquake Plan 1945心理戦争地震計画1945」があります。この計画書自体は、推定1945年6月ごろの立案ですので、東南海地震よりもあとですが、「爆弾(原爆使用の可能性も明示)使用による人工の地震惹起によるパニック誘導」作戦を積極的にすすめるべき、と主張している点で、この文書よりも前からすでにその実行ははじまっていたと考えても、不自然とはいえません。
あらためて文書の一部を、英語・日本語翻訳対照で、下に示しますが、とくに青線と赤字に注意してください。
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201201/article_85.html

