CIAが岸信介に巨額の資金を提供していたことは、間違いなく事実であった。
岸信介に提供された一回一億円のカネは現在では十億円くらいになるのだろう。
言うまでもなく、外国から政治資金を得ることは当時すでにあった政治資金規正法違反である。
こうして得られた資金はどのように使われたのか。
こうして得られた資金はどのように使われたのか。
米国の外交文書には、57年と58年の2回、岸信介の弟である佐藤栄作が米国側に資金援助を要請したことが記録されている。
2回の資金要請は、ともに58年の総選挙と59年の参院選挙への対策を名目としていることから、CIAからの資金は選挙対策に投じられたと考えられる。
ウィナー氏が語る。
ウィナー氏が語る。
「60年代後半から70年代初頭にかけて、それまで順調だったCIAと自民党の関係は複雑な問題に出くわします。
それは在日米軍基地の問題です。
当時の米国にとって在日米軍基地はベトナム戦争のために非常に重要でした。
しかし、沖縄で左翼勢力が支配権を握れば基地が使用できなくなる恐れがあった。
そこでCIAは沖縄の地方選挙に資金を投入し始めたのです」
このために使われたのが、CIAから自民党への資金提供ルートだった。
ウィナー氏はCIAの工作をこう総括した。
このために使われたのが、CIAから自民党への資金提供ルートだった。
ウィナー氏はCIAの工作をこう総括した。
「資金提供の見返りにCIAが得たのは、これから誰が指導者の地位を占めるのか、日本が今後どのような方向に進むのか、といった日本政界に関する情報でした。
つまり、CIAは岸信介から日本の政治機構に関する情報を得て、岸信介はその政治機構を動かすのに必要な“油”を得ていたわけです。
この関係によって米国は対日外交政策の目標を達成し、アジアにおける相当な影響力を持った反共勢力、つまり戦後の日本を作り上げたのです」
岸信介が、日本の主権を米国政府に売り渡したことは、明らかなことである。
この関係によって米国は対日外交政策の目標を達成し、アジアにおける相当な影響力を持った反共勢力、つまり戦後の日本を作り上げたのです」
岸信介が、日本の主権を米国政府に売り渡したことは、明らかなことである。
日本は売国政治家に支配されていたのである。
岸信介の行為によって、我が国が失ったものは何だったのだろうか。
岸信介の行為によって、我が国が失ったものは何だったのだろうか。
アイゼンハワーが岸への資金提供を決定した58年5月から半年もしないうちに、安保改定への日米交渉が進んでいた。
交渉のヤマ場は「核の持ち込み問題」だった。
被爆国である日本にとって、核兵器への反感は強く、岸信介も核持ち込みはさせないと公言していた。
だが、解決策はまたしても“闇の取引”だった。
だが、解決策はまたしても“闇の取引”だった。
安保条約調印の直前、日米間で秘密の話し合いが行なわれ、その密議は「事前協議方式に関する議事録」に記録され、秘密指定で国務省に永久保存されている。
後にライシャワー元大使が暴露したように、核兵器の持ち込みを事前協議の対象とするか否かの秘密合意が、そこには隠されていると見て間違いない。
つまり岸信介は、米国の主張する核持ち込みを国民の目に触れない形で容認していたのだ。
岸信介はアメリカのエージェントとなることで、自らの権力基盤を築いた。
その結果として生じた日米の歪な関係は、現在の自民党政権にまで継承されている。
その結果として生じた日米の歪な関係は、現在の自民党政権にまで継承されている。
そして、そのことで我が国は、外交そのものを投げ出さざるを得なかったのである。
岸信介が、CIAから政治資金をもらうのと引き替えに「日本への核持ち込み」を認めただけでなく、
岸信介が、CIAから政治資金をもらうのと引き替えに「日本への核持ち込み」を認めただけでなく、
日米安保条約により、
日本が半永久的に米国政府に軍事基地を提供し、
日本を米国政府の従属国に固定化したことが、
明らかにされた。
国民は、自民党政治とは何だったのか、このことを、根本から見直さなければなければならない。
国民は、自民党政治とは何だったのか、このことを、根本から見直さなければなければならない。
そして、日本が平和な独立国として生きるためには、自民党売国路線と同じの、バカ菅政権を交代して、もう一度、鳩山・小沢民主党政権を樹立する以外に道がないことを、改めて確認すべきである。