少し前の茨城記とかあれこれ | 悪あがき女製作所

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-日日是好日をモットーに生きる女の戯言-
ラヴ☆蒲田

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ちょっと前になるけれど、茨城に行ってきた。

そう、ブルーベリーファーム(⇒)に行った時の事。

ブルーベリーファームがメインではなく、義父の実家へ行くのがメインだった。

取りに行くものがあったり、報告することがあったり。


毎度のことながら、おもてなしに感動。

自家栽培の無農薬野菜で作った料理。

お赤飯まで炊いてくれた。

お赤飯って自分で作ってようやく知るのだけれど、きちんと作ると

手間と時間がかかるんだよね。


筍を煮たものとか

茄子を炒め煮にしたもの

インゲンの胡麻和えだとか


水茄子のカルパッチョ風


しし唐とベーコンの炒めたもの。

伯母さんはいつも「田舎だからこんなもんしかねっけど」と言うけれど

こういうものがとても嬉しいんです!

茨城は何かの調査で人気がない都道府県の1位になってしまっていたけれど NHKの朝の連続ドラマの主人公の出身地だし、もっともっと脚光を浴びていいと思うんだ。

東京からそれほど遠くなく、海も山もあって

のどかな風景がまだ残る素敵なところなんだから。


帰りにはいつも寄る直売所であれこれ購入。

お菓子とかのお土産は守谷SAに寄って。


玉ねぎ、きゅうり、水茄子は義父の実家で採れたもの。

あまりに多いので、いつも喜んでもらってくれるご近所の犬友さんにもお裾分け。

次に顔を出せるのはいつかな?


小学校が夏休みに入り、昼間も子どもたちの賑やかな声が聞こえる。

(でも猛暑過ぎてあまり外に出ていないっぽけど)

両親とも東京出身で、夏休みの日記は渋谷のデパートに行っただの、

映画館やプラネタリウムに行っただの、千駄ヶ谷のプールに行っただの、

そんなことばかりだった。

3泊4日くらいで伯父と伯母がわたしや従兄弟たちを海に連れて行ってくれた。

毎年のように行っていた宿泊施設は民宿しかなかった神津島が

その後、ナンパで有名な場所になるとは思いもしなかったっけ。


夏休み、1学期の終業式の日に父の訃報を聞いてからもう30年以上が過ぎた。

父が亡くなった時の年齢(43歳)に自分がなるまでは、

なんだか毎年春先から心のどこかがざわついていた。

それももう年々なくなってきた。

父の事を忘れることはもちろん一生無いけれど、

思い出すとちくちくと刺さる棘のようなものは、

ころころと年月というものに転がされながら、

徐々につるっと棘が取れてきて、刺さることが無くなっていくのかもしれない。