私はもともと、酒屋としてお酒を取り扱っていました。お酒は、米と水と微生物が織りなす、まさに「醸造と発酵の芸術品」です。

その世界にどっぷりと浸かっていた私が、自然栽培や無添加の食と向き合うようになってから、ある強烈な事実に気がつきました。

 

それは、「私たちが誇るべき日本の伝統調味料(醤油・味噌・酢・みりん)が、お酒以上に、経済優先の社会によって跡形もなく消え去ろうとしている」という、あまりにも残酷な現実です。

 

きくち村で全国の素晴らしい生産者さんや、昔ながらの蔵元さんと深く関われば関わるほど、彼らが置かれている危機的状況に胸が締め付けられる思いがします。

 

 

 

先人が築き上げてきた日本の財産を、今こそ守り、そして世界へ届けていきたい。


すべての元凶:お酒における「醸造アルコール・糖類・アミノ酸」の歴史

なぜ、現代の日本の調味料はここまで添加物まみれになってしまったのか。 もともと酒屋として、まずその「根源」であるお酒の歴史に触れさせてください。

かつて戦中・戦後の米不足の時代、少しの米から大量の酒を造るために「三倍増醸酒(三増酒)」という手法が生まれました。 米と麹だけで真っ当に造った原酒に、大量の「醸造アルコール」を加えてカサ増しし、薄まった味を「糖類(ブドウ糖や水あめ)」で甘くし、「グルタミン酸(アミノ酸などの化学調味料)」や酸味料で無理やり味を整える。文字通り、お酒を「3倍」に薄めて誤魔化した、まがい物の酒です。

時代が豊かになり、日本酒の世界は「純米酒」や「本格焼酎」といった本物志向、つまり醸造アルコールや糖類に頼らない原点回帰へと動きました。 しかし、恐ろしいことにこの戦後の「三増酒」の悪しき手法は、お酒ではなく「調味料の世界」に生き残り、今なお市場の主流として君臨し続けているのです。


日本の伝統調味料が直面する「危機の正体」

お酒の増醸技術が悪用され、日本の食卓の土台である調味料は今、どのような危機に瀕しているでしょうか。

1. みりん:戦後の「三増酒」の影をそのまま引きずる危機

本来の「本みりん」は、蒸したもち米と米麹、そして本格焼酎(または醸造アルコール)のみを合わせ、数ヶ月から数年かけてじっくりと熟成させます。米麹の酵素がもち米のデンプンやタンパク質を分解し、40種類以上の天然の糖類と、豊富なアミノ酸が職人の技によって「醸し出される」のです。

  • 危機の現状: 現在、市場に溢れている多くの「安価なみりん(またはみりん風調味料)」の裏のラベルを見てみてください。そこには「水あめ(糖類)」「醸造アルコール」「調味料(アミノ酸等)」という文字がハッキリと並んでいます。まさに、お酒の「三増酒」と全く同じ構図です。 米をほとんど使わず、醸造アルコールで増量し、水あめでベタついた甘みを足し、人工的なアミノ酸で旨味を偽装する。さらに酒税を回避するために塩を加えた「発酵調味料(みりんタイプ)」や、アルコールすら入っていない「みりん風調味料」が、さも伝統的な顔をしてスーパーの棚を占拠しています。

2. 醤油:失われる「木桶」と、スピード優先の大量生産

伝統的な醤油は、杉の木桶を使い、四季の温度変化の中で1〜2年かけてじっくり熟成させます。木桶にはその蔵独自の微生物が棲みつき、深みのある味を生み出します。

  • 危機の現状: 現在、木桶仕込みの醤油は全体のわずか1%未満にまで激減しています。市場の大部分を占めるのは、温度を人工的に管理し、脱脂加工大豆を使って数ヶ月で高速醸造されたものです。さらに、木桶を作る「桶職人」自体が絶滅寸前となり、道具すら作れなくなる瀬戸際に立たされています。

3. 味噌:進む「即醸」化と、地域の個性の喪失

本来の味噌は、大豆・米や麦・塩のみを使い、1年近くかけてじっくり天然醸造されます。

  • 危機の現状: スーパーに並ぶ多くの味噌は、加温して数週間から1ヶ月程度で強制的に発酵を終わらせた「即醸味噌」です。さらに、発酵を止めるための酒精(アルコール)添加や、旨味調味料による味付けが主流となり、酵母が生きている本物の味噌が出回りにくくなっています。大手との価格競争に押され、地方の個性豊かな蔵が後を絶ちません。

     

4. 酢:1夜にして作られる酢と、「静置発酵」の衰退

 

 

伝統的なお酢は、まず米から「酒」を造り、そこへ酢酸菌を投入して表面からゆっくり時間をかけて発酵させる「静置発酵(せいちはっこう)」という手法を取ります。完成までには数ヶ月、熟成にさらに数ヶ月かかります。

  • 危機の現状: 現代の主流は、タンクの中に空気を人工的に送り込み、わずか24時間〜数日で強制的に発酵を終わらせる「全面通気発酵」です。効率は良いですが、ツンとした尖った酸味になり、伝統的なお酢が持つ、まろやかで芳醇なアミノ酸の旨味は失われてしまいます。


経済最優先の社会がもたらした「味の規格化」への違和感

酒屋時代、私は「一本のお酒」の背景にあるストーリーや、年ごとの味の違いを楽しんでいました。それこそが発酵の豊かさだからです。

しかし、今の効率優先の社会が調味料に求めたのは「いつでも安く、大量に、均一な味」でした。 その結果、化学調味料や添加物でコーティングされ、短期間で強制発酵させられた「調味料のようなもの」が市場を埋め尽くしています。

これらは工業製品としては優秀かもしれません。しかし、先人が何百年もかけて自然と対話し、一つずつ積み上げてきた「財産」とは完全に別物です。効率の裏で、職人の技だけでなく、その土地独自の微生物という、二度と取り戻せない遺伝資源すらも失われつつあるのです。


きくち村の村長として、今こそ「未来へ継承し、世界へ売る」

この危機を前にして、私たちはただ指をくわえて消滅を待つわけにはいません。私が「自然派きくち村」を通じて、そしてこれからの未来に向けて確信している活路は2つあります。

① 「価値に見合った対価」で守り、次世代へ継承する

本物の醸造・発酵調味料を作るには、膨大な時間と手間、そして一級品の原材料(自然栽培の米や大豆など)が必要です。安いはずがありません。 私たちは消費の基準を「価格」から「価値」へとシフトする必要があります。 「この醤油やみりんが、日本の豊かな田んぼと、職人の技術を守っているんだ」 そう納得して買っていただける仲間を、きくち村をもっと広げることで増やしていきたい。正当な対価が蔵元に回れば、伝統は必ず守り継げます。

② この圧倒的な文化を「世界」へ売る

いま、世界的なグルメのトレンドは「ナチュラル」「オーガニック」、そして「クラフト(職人による少量高品質生産)」です。

ワインのテロワール(風土)を世界中が称賛するように、日本の伝統調味料こそ「究極のクラフトフード」として世界に売るべきです。 自然栽培の原料を使い、何年もかけて木桶で醸された醤油や味噌、伝統的な静置発酵の酢は、世界のトップシェフや健康志向のセレブリティにとって、これ以上ない「お宝」になります。

安い工業製品と価格競争をするのではない。 「日本の先人が築いた、自然と共生する発酵文化」という圧倒的なブランドを、世界へ正当な高価格で売っていく。 これこそが、日本の伝統を守り、地方の農業や小規模な蔵元を大復活させる最高の方法だと信じています。


最後に:本物は、やっぱり美味い。

きくち村の村長として、そして元酒屋として言わせてください。 職人が醸した本物のみりんは、そのまま飲んでも最高に美味しい「極上のリキュール」です。

米の力を信じず、水あめと醸造アルコール、人工アミノ酸を混ぜて「効率よく」作っただけの液体を、日本の伝統発酵と呼ばせるわけにはいかないのです。

効率を追い求める現代社会へのアンチテーゼとして、私たちは「本物」の灯を消してはなりません。先人が遺してくれたこの偉大な財産を、私たちの代で終わらせるわけにはいかない。

食卓に本物の発酵を取り戻すこと。そして、日本の誇るべき文化として世界へ力強く発信していくこと。 きくち村はこれからも、その先頭に立って走り続けます。皆さんも一緒に、この豊かで美味しい未来を創っていきませんか。