当時、無農薬のお米を店舗で販売していても全然売れなかった。

 

 

酒屋をやっていたので、お米のことが全く分からなかった。

 

 

だから2003年から自ら米作りをやろうと思い、家族に相談すると大反対だった。

 

商人が米作りなんてできるわけがない。

 

百姓をなめるな!!などなど

 

闘志に火が付いたので「絶対やる」

 

生産者から運よく田んぼを2.3a(690坪)の田んぼが借りることはできた。

 

 

有機栽培の巨匠(故)後藤清人(初代菊池環境保全型農業技術研究会会長)さんの家に毎日通って米の作り方を学んだ。

 

 

最初の年はハイクリーンシグマを使った植物性だけのボカシを入れたのを思い出す。(ボカシ代8万円だった(笑))

 

 

どうにかこうにか、18.5俵のヒノヒカリが収穫できた。

 

 

まうごつ嬉しかった!!笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

どんな食味だろう?びっくり

 

七城町のれんげ米研究会と鹿本町が「九州米サミット」食味の品評会をやっていたので両方にエントリーしました。

 

 

先に七城町れんげ米研究会の食味会がありました。

 

 

ルールは珍しいトーナメント式で、3名の審査委員が2名の生産者のお米を食べ比べおいしい方が勝ち上がる方式でした。

 

 

そこで、運命的出会いが、なんと1回戦の相手が、自然派きくち村のレジェンド冨田親由さんでした。

 

 
 

 

 

 

 

 

 

結果は・・・・・・勝った!!

 

あの、冨田親由さんに勝った。初めて作ったお米があのレジェンドの冨田さんに・・・

 

 

いまだに語り継がれています(笑)

 

最終的結果は、3回戦敗退

 

続いて九州米サミットです。

 

九州中からすごそうな生産者がたくさん来ていましたが・・・・。

 

 

つづく