緒方こうじ屋さんに味噌を頼んで何年が経つだろう?

 

多分、20年以上経つと思う!!

 

 

緒方こうじ屋さんができた流れがすごいんです。

 

【緒方こうじ屋の歴史】

緒方こうじ屋は、もとは「車屋」という屋号であった。


これは馬車や大八車の車輪を製造、修理を商いとしていたことに由来する。大八車は、木製2、3人で引く大きな荷車で昭和の初めまで使われていた。初代・緒方満喜の代まで車輪を作っていた。

 

 

その後塩の卸業で、今の水俣市、津奈木町、芦北町の販売を一手に担っていた。さらに野菜の苗の販売も行う多角経営であった。

 

 

麹の製造・販売は行っていなかったが、水俣出身の著名人・徳富蘇峰家との浅からぬ縁があり蘇峰の母が大事に作っていた麹を人づてに緒方家が受け継いだのが麹造りの始まりだった。

 

 

のれんに揮毫された「天地悠々」の文字は徳富蘇峰によるものである。

 

 

そうして始まった麹作りだが、かつては自家製で基礎や醤油を作る家庭がとても多く、仕込みに使う麹を求める人が多かった。五代目・健一郎の祖父・寿の時代は水俣市内に麹屋は5、6軒もあった。

 

 

それがだんだんと味噌、醤油を作る家庭が減り、麹の需要が減ると麹屋の間で熾烈な値下げ競争が始まった。
しかし、寿はむやみに価格を下げるようなことはしなかった。

 


「利益は家族が食べられるだけあればいい。麹はもともと神様に供えるお酒を作るところから始まった。麹を作る仕事は神様のお手伝いなんだよ」と四代目・信秀に語っていた。

 


信秀は「父は、神様はどこにでもいて、かまどに火をつけるときや(麹を発酵させる)「室」に入るときも手を合わせていました」と語る。

 

 

寿の周囲に流されず、丁寧に麹とお客様に向き合う姿勢が四代目・信秀、五代目・健一郎に脈々と息づき、今日の緒方こうじ屋に繋がっている。

 

 

 

 

 

徳富蘇峰さんの弟、徳富蘆花さんの妻、愛子さんは菊池市出身で造り酒屋、なんか親しみを感じます。

 

 

 

白龍味噌(米味噌)

 

 

 

 

自然派きくち村の無農薬無化学肥料栽培で育った原料を持って行き、もろ蓋で丁寧に麹を作って頂き、天然醸造味噌に仕上げてもらっています。

 

ちなみに塩は豊穣塩(西オーストラリア・シャークベイの天日塩)を使用しています。

 

 

 

 

 

お米麹の割合を多めに使っています。

 

 

店内には当時から張られている味噌の八徳

 

味噌の八德
一、味噌は長生きの素
一、味噌には驚異的な“生菌効果”がある
一、味噌は頭の血のめぐりを良くする
一、味噌は胃がんの予防薬
一、味噌は優れた整腸剤
一、味噌はタバコの害を防ぐ
一、味噌は日本人の毒消し
一、味噌は万能

 

緒方こうじ屋さんの味噌を販売していて大変なことはすぐに品切れすることです。

 

本来なら1年以上熟成させたいのですが、お客様が待っていただけないので早めに出荷しています。

 

味噌には出荷時、賞味期限を付けてはいますが、天然醸味噌は本来は賞味期限はないので、どれだけ置いても黒くなるだけ、熟成させて味の変化を楽しんでもらいたいお味噌です。