自意識過剰な自分を【自己受容】する | キエコノ気づき

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2014年11月〜
自分に戻る過程での「気付き」を記したブログ

111の日。

ふと
自分的に過去最高に

恥ずかしい=怖い

実験を
してみようと思った。





「自慢」



それが私にとっては
もっともタブーだった。







たとえば。



私はこんな事ができる!

と、表明している人を見れば

「そのレベルで、できるって言えちゃうの?」




好きな服を着ているけど
あまりに合わない人


を見ては

「その顔でそれ着れちゃうの?」







あー……ひど。

でも、本当にそう思ってた。







そう、それは

人に対して思っているようだけど

つまりは全部

自分に対して
、だ。










私は

何かしらケチをつける母のモトで

育ったからか



たとえば
クラス最高の98点のテストを

誇らしげに見せると

まず褒められることはなく
「なんで、あと2点取れなかったの?ダメだね」
と言われたりね。




ぬか喜びして
ダメ出しされる

そのがっかり感を避けたくて。




そう簡単に

喜んではいけないと

調子に乗ってはいけないと






ずっと

あまりにもあたりまえに

「自己防衛」をしてきたので


自分にも
他人にも
厳しい人間になった。





だれかに褒められても
受け取る事ができなかったし



自分で自分を褒めるとか

ましてや

人に自慢するなんて

とてもできなかった。







そう

「その顔で、それやる?」

「そのレベルでできるとかいう?」

そう言われるのが



本当に怖かった。







ーーーー







でも。

ここまできて。





私は、この恐れを

いい加減、手放したいと思った。




この怖さを認め

突っ込んで行こうと思った。










そもそも

自分のことで

こんなにも、ずっと悩んで

ブログ書いてる時点で



こんなにも

自意識過剰で

自分に注目していて

悩み自慢しているようなもの
なのだから。







そうだ。

ただあの時、私は

母親に
「よくやったね!」って
褒めて認めてほしかった

ただそれだけだったんだ。






だったら今。

自分で自分を

褒めれて認めれば良い。






ーーーーー




そんなわけで。

これからしばらく。



より

自意識過剰な記事を書く

実験をしようと思う。









誰になんと言われようと



いや、逆に。

誰も見てくれてなくても



誰が去ろうとも。









自分を



褒めて褒めて



認めて認めて



どんな自分でも



受け入れてみたいと思うのだ。








こんな宣言しなくても

ごく自然に

自分を誇れるようになるように✨






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「一番近い神社」で
検索してお参り。

ものすごく立派なうろの
御神木に出会った!

交通量の多い道路のすぐ脇に
こんな立派な木があるなんて!

そもそも
神社があることさえ知らなかった。


抜けるような快晴。

良い月初✨