母を受け入れることと【3歳の私】 | キエコノ気づき

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2014年11月〜
自分に戻る過程での「気付き」を記したブログ



自分の中に
「母という女性」を受け入れてから



私は
子供の頃のことをよく思い出す。


まさに
「インナーチャイルド」を
癒しているカンジだ。






インナーチャイルド
アダルトチルドレン




そういう言葉が
嫌いだった。

なんだか

そういうことのせいにして
現実の自分から
逃げている気がしていたから。






ところがどっこい

そう言って
そこから逃げていたのは
私だった。




ーーーーーーー



私にとっては
怖かった
コントロールしてくる母。

「どれが好きなの?」
と聞かれても
「お母さんが怒らないモノだったら
 それでいいです」

って、そうして
自分の「好き」が
まったくわからなくなってしまうくらいには
怖かった。




それなのに

子供の頃の私は
「お母さんがいい〜!」
っと泣くのだ。





これは
母を自分の中に受け入れなければ
出てこなかった
記憶、気持ちだった。



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母の口癖を一つ思い出す。

何かを選ぶ時に

「どれを選べば褒められるだろうねえ?」

今思えば、母も
自分の「好き」より
周りを気にしていたのだ。

だから

なかなか思い通りに育たない
私=第一子にそれは戸惑っただろう。
なんとか(コントロール)しなければ!って
思っただろう。



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私が子供の頃の話。

母は、普通に
3歳になったので
保育園に入れた。


ただ、それだけのコトだったのだけど。



2歳で妹が生まれ
母の関心が減ったと思った私は
翌年、保育園に入れられ
いよいよ寂しくなった。

保育園は怖いところだった。

上級生が怖い。
みんなが楽しんで遊んでる意味がわらかない。
自分は楽しめない。
みんなみたいにはできない。

家に帰りたい。
先生じゃなくてお母さんがいい。



お母さんは、妹ができて
私がいらなくなっちゃったのかな?


3歳の私は
そう思ったのかもしれない。





そんなわけないし
今ではいくらでもわかってるのだけど

分からず屋の私のインナーチャイルドは
今でも分からず屋のままだった。



そんな
大人の事情説明されたって
知らないもん!

「寂しいもんは寂しい!」






事情は知ってる。
でも
感情が納得しない。


そんなこと言ったって
嫌なもんは嫌!

ダダをこねる。








それなのに
大人になるにつれ

人一倍
物分かりのいいフリをして
知識を武器に
自分を納得させ

それをなかったことにして
封印した。





でも。



それが
ことあるごとに疼く。

ふとしたきっかけで
顔を出す。





人に少しでも拒絶されると
猛烈に寂しくなる。

この寂しさを感じるくらいなら
人と関わらないでいよう。





人と意見違って対立すると
寒くなって体がキュっと硬くなる。

こんな思いをするなら
自分の意見は引っ込めて
何も言わないでおこう。




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この「嫌な体感」を感じないために
避けてきたコトがたくさんあると
気がつく。




最たるものが「恋愛」
それ以前に「人付き合い」



条件反射のように出てきてしまう
この「嫌な体感」。


この原因がわからないままに
なぜ、私は
人付き合いが苦手なのだろう……と
漠然と思っていた。





いくら
心の勉強をして
知識が豊富になっても

このもやもやが
なにかぬぐいきれない。
あと一歩。




それでも
心の勉強をしたコトによって
自分を誤魔化すことが減ったことで

ようやくこの「嫌な体感」に気がついた。







そして、
この「嫌な体感」を探る機会に
恵まれた。




やり方や誘導は
手伝ってもらうけれども


誰かに何をしてもらうわけじゃない。
自分で自分に向き合うしかない。





ただ、自分でその
3歳の私の気持ちを聞いてあげる。

泣いてる自分を
思いっきり笑顔にしてあげる。
その方法を本気で考える。

それは自分にしかわからないし
自分にしかできない。


「お母さんがいい!」
「妹なんかいなくなっちゃえばいい!」

「先生なんか嫌だ!」
「みんなとなんか遊びたくない!」





ただただ、お母さんを求めてる。

どんだけ
お母さんが好きなんだよ〜〜!!

どんだけ
お母さん、独り占めにしたいんだよ〜!



それを分かった上で

そんなダダをこねた自分を
笑顔にさせたのは
やっぱり「絵」だった。






今でも覚えている。

それは「はめ絵」だった。

先生が黒いサインペンで画用紙に
「図」を描いてくれる。
それを使って、何か新しい絵を作るのだ。

ある日、先生が「平べったい3」のような図形を描いて
私に渡してくれた。
その図形に逆に3を付け足して
その上にみかんを描いてお供え餅にした。

そしたら、それがものすごく褒められた。

いつも怒られてしか居なかった(それしか印象にないだけ)私が
褒められた!

そして、私は絵が大好きになった。





だから、絵さえ
「好き」という「内的基準」というより
「褒められる」という「外的基準」で始めたものだけれども。

絵を描くのは好きだった。
みんなと遊ぶのは苦手だった。
みんなのようにできないのが
いけないことだと思っていた。




で、今回、イメージの中で
絵を思いっきり描いたらいいって
iPadを渡してあげた。
(イメージの中なので、魔法は自由です)

周りが怖くて、常にビクビクして
何事にも集中できなかった私が
唯一集中した「お絵描き」。

インナーチャイルドが笑顔になった。



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そのワークをしてから
一週間。

以前は、カウンセリングやワークで
保育園ことや
自分のことを話すと
それだけで
原因不明のまま
うるうるしてしまっていた自分が

あまりめそめそしなくなった。

少なくともその3歳児が
めそめそしなくなった。




インナーチャイルドを癒すとか
本当、半信半疑で
むしろ、毛嫌いしてた私が。





保育園が嫌だったんじゃなくて
ただお母さんと離れるのが嫌だった。

妹が嫌なんじゃなくて
お母さんを独り占めしたかった。

そこをわかってあげてからじゃないと
その他の楽しいことにも目が向かない。





母を受け入れたことで
そこに気がつくことができたから

今回この機会に恵まれたのだ。




……と



多分、そこ気がついてなかったら
このワークでこの子供
癒えなかった気がする。


うまくできているなあ……と。
なんだかとても
気分がいい。



梅雨明けの夏の空。

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