誰の「許可」が必要なのか? | キエコノ気づき

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2014年11月〜
自分に戻る過程での「気付き」を記したブログ

私は今まで

親の価値観に反するようなコトをしながらも

今どうしているかを

親の理解できる言葉で

ずっと説明・報告して来た。

たとえば

・女は大学に行かなくていい→大学行って、留学もした
・女は結婚して家庭で子育てするものだ→仕事第一。未だ独身で子供もいない


結局、そうやって

説明しておけば

親に強制も干渉も反対もされなかった。


でも

説明しなければ(知られなければ)

もちろん親に強制も干渉も反対もされないのだ。




なら、なぜ説明して、反対されないのを確認するのか。

親に嘘をつきたくないからとか

そんなコトを思っていたけれど。



それはつまり。




親に承知してもらっている = 安心




つまり、無意識に

「親の許可」

を求めていた
のだ




残念!

残念!

残念!



一見、親の価値観に反発しているように見えて

親の価値観の逆のことをする自体が
親基準だし

その度に
親の許可を取っていたなんて!!!


私、42歳ですよ!!

一体いつまで親の許可が必要と思ってるんだろう。


いつまで子供?
それは、私が親になってないからだろうか。





いや違う。


自分で、自分だけで決めるのが怖いんだ。


親=(私の)社会の許可。



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田舎に住んでいると

「○○さんのところの娘」という風に見られることは多い。

そして、気持ち悪いくらいに世間が狭く
知り合いの知り合いは知り合い同士……みたいに、ほぼ繋がる。

だから、自分が何かおかしなことをすると
すぐに「親」に迷惑がかかるんじゃないか…とそんな考えもあった。

だから、ひどい話。

私は

「親が死んだら、本当に自由になれるに違いない」

……と思っていた時期もあった。


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だけど。

もういいよね。

もういい。

まだ実家に住んでるけど。


親は大好きだけど。

もう

親の許可も、社会の許可も必要なく。


必要なのは、自分の「許可」だけ。



それで生きて行く時が、今、いよいよ来てるんじゃないかと思ってる。

それは親に嘘をつくことではなく。

親の価値観では理解の出来ないことを

自分に許可してもいいと言うこと。



「親の価値観からの自立」



まさに、↑これを書こうとしてた同時期に

セレマス同期のイーグルかとちゃん

同じこと書いてたので
ここだけ、マルパクリしました(^^*



セレマスの時は、こんな夜景のバーにも行けるのに
42歳、子供でした。




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二年前

「ありえない」と思ってたコトに

こころから「許可」を出せたことが

一回あった。


あれは、不思議な感覚だった。




そしたら

その二日後に

それは現実化した
んだ。

ありえないコトだと思っていたのに。



ビックリした。


自分に許可。



それは、無理矢理決めることとは違う。

自然な「許可」だった。






そんな経験があるんだから。

あの感覚が、もっと持てれば

きっと。

うん。