◆ 「初詣は行かない」が正しい?
昨年この記事を上げて
それなりに反響があったので
今年も少々改訂を施して
再UPします。
ずいぶんと当ブログをご覧頂く方々も入れ替わったことですし。
(長らくお付き合い頂いている方は別格ですが)
私なんぞよりも遥かに説得力のある
神職の方の記事をリブログさせて頂きつつ。
紀伊国一ノ宮 伊太祁曾神社の
神職の記事をリブログさせて頂きます。
(リブログの許可了解済み)
↓↓↓
日本古来からの風習に
「初詣」などというものは存在しません。
「初詣」などというものは存在しません。
どの古文献にも。
「初詣」が初まったのは明治の終わり頃。
誰も外出しないために業を煮やした鉄道会社が仕掛けたもの。
「鉄道会社の陰謀」…とまでは言いませんが。
はっきり言ぅとるし(笑)
スピリチュアルなどと気取る低俗な輩は、
このようなことも知らずに「今年の初詣は○○神社へ」などと(笑)
では日本古来からの正月の風習は?
「歳神」を自宅にお招きし、
1年間、自宅を守護して頂くこと。
自宅でしっかりと「歳神」を奉斎するため、氏神への参拝以外は外出しません。これが日本古来の風習でした。
現在は仕事があったり…等々で外出せざるを得ませんが。私も令和八年一月一日は仕事。
だから鉄道会社が陰謀を働いた…。
あたかも「初詣」が、古来からの風習であるかの如くに煽られる世の中になってしまいました。
日本古来よりの風習を鑑みるなら、
強いて言えば「初詣」とは、その年に初めて氏神へ詣でることでしょうか。
もちろんこれでは鉄道会社の売上にならん。
*角松(門松)
*注連縄飾り
「歳神」がお越しになられるとそこは神域となります。つまり自宅が「神の社(もり)」となるわけで、俗界から神域への結界として飾ります。
*鏡餅
「歳神」は穀霊神。餅を「三種神器」の一つ「鏡」に見立てて供え崇めるためのもの。
関東では角餅ですが、これは業者が運送等の効率を考えたもの。本来は鏡と同じ丸餅。
下の写真はみかんが上に載りますが、本来は橙(だいだい)。子孫代々…とも言われますが、これも後の時代に載せられたのでしょう。
*御節(おせち)
「歳神」に献上する御料理。これを神人一体となり正月に頂きます。大神からの霊力を頂くのです。つまり「直会(なおらい)」。
だから祝い箸は神と人とが両方から食べられるように、両方が細くなっています。
地域によっては火を使うのを禁止しているところも。外出せずして、出来上がったものを頂くのが日本古来からの風習。
*御歳魂(お年玉)
「歳神」の御魂を一家の主(あるじ)が皆に分け与えること。
貰ったら収入が増えた~♪ではなく、有難い「歳神」の分け御魂を賜った!ということ。逆も然り。有難い分け御魂を皆に授けるのです。
実はこの「御歳魂」こそが本来の「鏡餅」であったとする説も。
*正月の風習はいつまで?
「小正月」(松の内)まで。一般に15日地方により異なるらしい)。
だから「鏡割」(武家社会が浸透する関東では「鏡開き」と称される)は15日を過ぎてから行われます。関東は徳川幕府の意向で早めたらしく、全国的にも11日となってしまった地域が増えているようです。この「鏡割」こそが「御歳魂」(お年玉)の起源であるとも。
だから「鏡割」(武家社会が浸透する関東では「鏡開き」と称される)は15日を過ぎてから行われます。関東は徳川幕府の意向で早めたらしく、全国的にも11日となってしまった地域が増えているようです。この「鏡割」こそが「御歳魂」(お年玉)の起源であるとも。
*「とんど」(左義長)
「小正月」(松の内)を過ぎると、正月のお飾り等が焼かれます。諸説ありますが、これには大まかに2系統あると考えています。
一つは山へ帰る「歳神」を見送る神事。もう一つは道祖神(塞の神)を祀る神事。こちらは信州を発祥として関東などにも広まっているようです。もちろんこれは悪霊の侵入を防ぐもの。時期や作法は似ていますが、本来はまったく異なるものと考えるべきかと思います。
こんな偉そうなことを書いてはいますが、
令和七年正月は葛木御歳神社の「歳旦祭」に参列しました。
「歳神」を祀る全国総本社。
ま…これならええんやないかな…と。
氏神以外では人生初の経験。
直に御分霊を賜り持ち帰りました。




