梶無神社
河内国河内郡
東大阪市六万寺町3-14-31
(向かいの駐車場な停めてもいいとのこと)
■延喜式神名帳
梶無神社 鍬 の比定社
■旧社格
村社
■祭神
瓊瓊杵尊
木花咲耶姫命
東大阪市の住宅が窮屈に密集した中に鎮座する社。春から夏にかけて「アオバズク」というフクロウがやって来ることでも有名、繁殖地となっているとか。
◎社伝によると神武東征の砌、「白肩津」より「河内湾」(下部地図の写真参照)の奥にまで船を進めたが浪が高く難航、遂に「舵(かじ)」が折られ転覆の危機に面したため祖神に祈ったところ、難を免れたため祠を建てたことを創祀とし、また後年梶無神社となったとしています。
◎ここに言う「白肩津(しらかたのつ)」とは、おそらく現在の「枚方(ひらかた)」の「津(港)」のこと。生駒山麓の北端の西側(河内国側)。現在の大阪府内の大部分は湾(入江)でした。その入江は生駒山麓の麓に迫っていたようです。神武東征の時代には土砂がどんどん堆積、淡水湖化していたと考えられています。
舵が折れるほどの浪の高さ(速さ)、地名「浪速(なにわ)」はこれに由来します。
◎このあと神武東征軍は「孔舎衛坂(くさのえのさか)」において、長髄彦軍に対峙しますが敗戦、生駒山を越えて大和入りする計画を断念し紀伊半島をぐるりと迂回して熊野から大和入りしています。
◎ご祭神については、神武天皇の父母二神が宛てられています。江戸時代には「船山神社」と称されていたことが分かっており、鹿葦津姫命(大山祇命の娘)、饒速日命、「舟霊」などが挙げられているものの、いずれも確定要素は無し。父母二神というのも何ら説得力も無く、祭神不詳としておくのが妥当なところでしょうか。






