彌刀神社
(みとじんじゃ)
河内国若江郡
東大阪市近江堂1-12-15
(線路側の一の鳥居横に駐車場らしきもの有、ただし進入口がかなり狭いためよほど運転に自信がなければ不可)
■延喜式神名帳
彌刀神社の比定社
■旧社格
村社
■祭神
「彌刀(みと)」は「水戸(みと)」のことであり、「水戸神(ミナトノカミ)」を祀る社。かつては大和川(長瀬川)が河内潟に流れ込む河口であったようです。社伝によると、この辺りで一番高い台地の上にそう大きくはない社が斎き祀られていたであろうとし、西の参道が旧大和川(現長瀬川)の東堤まで達し船着場があったとのこと。また高天原から降臨してきた神々が、この水戸神の許可を得て大和川を遡り大和へ向かったという伝承も。
江戸時代までは牛頭天王を祀る社とされていたらしく、現在も素盞嗚命を祀る境内社が鎮座します。明治の祭神替えの際に上記の伝承から水戸神としたものかと思われます。
ただご由緒書にもあるように、「布施市史」には若江郡の豪族、美怒氏(ミヌノウジ)の本貫として栄えたのではないかと。「新撰姓氏録」の河内国神別に「美怒連 角凝魂命(ツノコリムスビノミコト)四世孫天湯川田奈命之後也」とある氏族。垂仁天皇の御代に鳥取姓を賜っています。本貫地は和泉国日根郡、波太神社や鳥取神社が鎮座。また河内国大県郡には天湯川田神社が鎮座しています。いずれも製鉄鍛治に関連すると考えられる氏族。当地もそうであったのでしょうか。
境内社としてひときわ目立つ常世神社が鎮座します。大国主命が国開きのため水戸に着き、そこで水戸神に許可を得て大和川を遡り三輪山に鎮まったとされています。後世の付会かと思われますが、少々気になる伝承かと。






