天湯川田神社


河内国大県郡
大阪府柏原市大字高井田89
(P無し、一の鳥居前に停めるしか方法無しか)

■延喜式神名帳
天湯川田神社の比定社

■旧社格
村社

■祭神
天児屋根命
天日霊貴命


「大和川」に「石川」が合流する北岸、丘陵頂に鎮座する社。
◎当社は和泉国日根郡から移住してきた鳥取氏(→ 波太神社鳥取神社の記事参照)が、祖神 天湯川桁命(天湯河板挙命)を祀ったものと考えられています。「新撰姓氏録」においては「河内国 神別 鳥取 角凝命三世孫天湯河桁命之後也」とある氏族(他に和泉国、山城国などに同様の記述有り)。
◎鳥取氏は鍛治氏族と考えられ、「湯河」は精錬の際に高熱で溶けた鉄が流れる様子を神格化したと考えられています。この説を唱えるのは古代たたら製鉄の研究を極めた谷川健一氏。
それに対し「湯河」を「斎河(ゆかわ)」と考え、湯河板挙から湯河棚、つまり「棚機つ女」であることを引き出したのは折口信夫氏。
いずれももっともな説のような感じがしますが、周辺の状況を綿密に調査して民俗学的なアプローチで結論を導き出した谷川氏の方に分があるように思います。
◎当社が
鎮座する大県郡は、古代の鍛冶製鉄地帯として知られる地。東すぐには鳥取氏の遠祖である宿奈彦名命(少彦名命)を祀る宿奈川田神社、「雁多尾畑(かりんどおばた)」には金属神を祀る金山彦神社金山媛神社、さらにその先には蹈鞴製鉄の火の神を祀るともいう大狛神社、北方には鍛冶氏族が奉斎したと思われる鐸比古鐸比賣神社などが鎮座しています。
◎こんもりとした丘の頂きに鎮座、境内に古墳(方墳か)が築かれていたとのこと。もちろん鳥取氏のものかと。その古墳跡地から塔跡が発見、鳥取氏の氏寺である鳥坂寺があったとされます。さらにその塔が廃絶した後に当社が造営されたようです。創祀は鳥取氏が移住してきた頃として、創建は飛鳥時代末期から奈良時代初頭とみられています。

*写真は過去数年に渡る参拝時のものが混在しています。