
世界の出生率は歴史的な低水準にあります。これまでは晩婚化や女性の社会進出など、社会経済的要因が主な原因とされてきました。しかし本論文は、出生率低下の背景に「生物学的な生殖能力の低下」が関与している可能性を提示しています。
世界的な出生率低下
論文冒頭では、1950年に女性1人あたり約5人だった出生数が、2024年には約2.2人まで半減したことが示されています。すでに世界人口の半数以上が置換水準を下回る地域に住んでいます。
Figure 1ではOECD諸国の合計特殊出生率の推移が示されています。1960年代以降、一貫して下降傾向を示し、特に東アジアや南欧で顕著です。

Figure 2では、出生率が2.1を下回る場合、数世代で新生児数が急減することが示されています。人口減少は理論上だけでなく、実際に進行している現象です。

教育だけでは説明できない
従来、高学歴化が出生率低下の主因とされてきました。しかしFigure 3では、ヨーロッパにおいて教育年数が長い国ほど出生率が高いという逆転現象が示されています。

さらに北欧の個人レベル研究では、低学歴層の方が子ども数が少ないという結果も示されています。つまり、単純な社会経済モデルでは説明できない部分が存在します。
デンマークのケーススタディ
本論文の中心は、デンマークの包括的非補助妊娠率という新しい指標です。
Figure 4では、出生率と包括的非補助妊娠率の推移が示されています。出生率は一時的に回復する世代もありますが、自然妊娠の総数は世代ごとに一貫して減少しています。

Figure 6では、各年齢層で自然妊娠率が低下していることが示されています。これは単なる出産の先延ばしではなく、妊娠そのものの機会が減っている可能性を示唆します。

人工授精や体外受精の利用は増加しており、近年では出生の12%以上がARTによるものです。
精子数の減少
男性側の変化も報告されています。
近年の大規模メタ解析では、世界的に精子濃度と総精子数が50年以上にわたり低下していることが示されています。さらに低下速度は21世紀に入り加速しています。
同時に、精巣がん、停留精巣、尿道下裂の増加も報告されています。これらは胎児期の精巣発達異常と関連すると考えられています。
環境要因の可能性
内分泌かく乱物質への暴露も重要な仮説です。
プラスチック由来物質、農薬、PFASなどがホルモン機能を妨げ、精子形成や卵巣機能に影響を与える可能性が示されています。
動物実験では、これら物質がテストステロン低下や精巣発達異常を引き起こすことが確認されています。
女性側の要因
PCOS、子宮筋腫、子宮内膜症などの増加も報告されています。ただし女性の生殖能力を直接測定する集団指標は存在せず、評価はより複雑です。重要なのは、男性因子と高齢出産が重なることで、妊娠成立がさらに困難になる可能性がある点です。
まとめ
本論文は、出生率低下が社会的選択だけでは説明できない可能性を示しています。自然妊娠率の低下、精子数の減少、ART依存の増加などが重なり、生殖能力そのものが低下している可能性があります。もしこの仮説が正しければ、少子化は単なる社会問題ではなく、公衆衛生上の課題でもあります。生殖医療の進歩だけでなく、環境要因や予防医学の視点からの取り組みが必要であることを示した重要な論文です。
Lindahl-Jacobsen R, Beck AL, Priskorn L, Holmboe SA, Fischer MB, Andersson AM, Skakkebæk NE.
Evidence that declining human fecundity contributes to the fertility crisis.
Fertility and Sterility. 2026;125(2):218–226.