「もうすぐケンポー記念日やな・・・」
「なんですかまた政治向きの話でっか・・?」
「いやいや政治みたいなアホなもんな・・・、
あんなもんはやりたがるアホにやらせ。
面倒くさいことは全部人にやらせる。
これもいわゆる1つの京都流やな・・」
「憲法て現行憲法のこと・・?.」
「京都で憲法いうたら戦前の滝川事件の
こともあるし、無縁とは言えんわな。
私も今の憲法が最良と思テるわけやない。
しかしまあそれなりの知恵やなァとは
思うてるで。知識やないデ。知恵やデ」
「知識と、知恵と、どれが、どう違います?」
「おー、ストライクが来たのー。この際や。
耳かっぽじってよーう聞いときや。
千年の都のキモ、精髄やからな。
文字で伝えることができるもンが“知識”
ヒ卜からヒトへ追体験さすことで血肉化
したソフトウェア。文字でインストール
不可能なソフトが“知恵”・・・なんやな・・。
またまた自慢話になるけどな。その点、
京都そのものが日本最大の“知恵の塊”や」
「わかりましたけど、それと憲法と・・・?」
「あっさりわかるなよ・・“知恵”いうモンは
文字化でけへんからインストールには
大変な手間がかかる・・。けど一旦な。
身に付いてしまえば・・・やで。これは
いかようにもツブシがきくように出来てる。
ポランニーが言うとる“暗黙知の次元”や」
「体験その他がぎゅっと凝縮してある・・と?」
「そやけどそればっかりでものうてな・・。
ー番わかりやすいんが職人の技術やろな。
これは他のすべての職業に共通らしいけど
1つの仕事で1人前になるのが1万時間。
集中した修練の時間がそれだけ要るんやな。
亡くなった米長邦雄さんもそう言うてはった。
それから超熟練職人とか、今経済産業省が
公式に認定して技術を伝えようとしてる
高度熟練技術者な。そんなんなるのに
ほぼ10万時間やねん。集中して修行して
現場で技術を磨いて磨いて10万時間。
ここまでくるとな。指先の感覚だけで
ミクロン単位の違いがわかるようになる。
これが名人といわれる人の域やなァ」
「憲法の話から脱線してませんか・・?」
「いや肝心な話はここからや。聞いとき。
名人は指先の感覚だけでミクロン単位・・
言うたろ?国宝級の名人な、最後は感覚や
ここで五感みたいなものがもの言う。
徹底的に研ぎ澄まされた五感やな・・。
ええか・・・“知恵”いうモンの中にはな・・。
かならず五感のどれかが入ってンねン。
名人級の職人はな、手で触って目で見て
色合い風合い匂い。何か“不自然”やな
て気づくらしいんや。マズい所があると
その“不自然”に気づけるかどうか・・?
この能力は“知恵”の大きな一部やねん。
そういう人がちょっとでも引っかかると
何か拙いところがあるわけや。そこまで
いかんかてな。自然か、不自然か、を
嗅ぎ分ける修練。これ京都では割と
生まれて以来の生活の場で培われとる」
「わかったようなわからんような・・・?」
「コトバは左にサイフは右に・・、はな。
“思想”やのうて“知恵”や・・言うことや。
思想は所詮誰かが考えた文字文句の塊よ。
違うか?それは必ず磨かれた市井人の
感覚に徹底的に照らして、自然か?
はたまた不自然か?吟味されなあかん」
「そう言われたら少しわかりますわなァ」
「けれどもな。例えば共産主義みたいに
全く新参者の思想が現れた。そやつらが、
外野であーせいこーせいと
ギャーギャー言う。そういう時にな。
とりあえずここんとこだけエエんちゃう?
そしたらそこだけちゃっかり採り容れる。
とりあえずは良うなるし外野も黙るわな。
けれどもな、ここからが肝心や!
部分的に借り物のアイデア導入してもな。
根本の根本はもちろん、大部分そのまま。
ご都合主義というかもしれんけどな。
確率いうか、蓋然性というてもええかな。
そのやり方のほうが、うまくいく確率は
常に圧倒的に高いんやな。
何もかもイチからやり直すよりも・・やで
これが本来の京都流政治・・・やな
もともと体軸も胴体もしっかりあるから
ブレブレになることはないのや。
ここいらあたりが、大阪とは違うのや」
「大阪いうトコも現実主義でっせ?」
「しかし本願寺が信長に平定されてから
まあせいぜい400年やんか?天下の台所
いうてもな、例えば先物取引の発祥の
地になったり、近世から近代へつながる
経済社会以前の歴史の記憶が薄い。
せやから今の世の中みたいな、カネの
力が揺らいでくると、どうしてえーか
右往左往してしまうんや。大阪には
兼好法師も鴨長明もおらん。本格的な
長い下り坂の時代がなかったの。
いま自分たちの力が何かわからんよう
になってる。迷子の状態や」
「京都人は迷子にならんのですか?」
「そらなるわな。人間やから当たり前や。
しかしその場合どうしたらええんかいう
迷子になった時の作法は身についとるで。
それこそ先から言うてるやろ。
根本は変えん。けど新しいものの長所は
正しく認めてアドホックに採用していく。
そのためには磨かれた感覚と
長時間かけて身につけた評価能力が要る。
京都人は日本でも、“評価能力”こそ
サバイバルの知恵いうことわかってる
おそらく最右翼やな。その点だけは
ユダヤ人やイギリス人とどっこいやな」
「京都人は目利きが多いですからね」
「単なる鑑定眼やのうて、そこでも
最終段階で自然か不自然かの感覚で
厳しいふるいにかけられる。
さっき言うたやろ?共産主義は19世紀
半ばのドイツで出現したもんやった。
ちょうどビスマルクとウィルヘルム1世が
プロイセン主導のドイツ統一をやった頃。
鉄血宰相ビスマルクは、共産主義者が、
盛んに言うてた国民健康保険と国民年金。
あっさり採り入れて制度にした。
これこそが“保守政治”なんや。
“保守政治”いうんは“思想“やないんや。
”知恵”なんや。ここまで言うて
やっとわかってきたやろ?
京都こそ日本の保守本流いうことや。
“コトバは左にサイフは右に”の真髄や。
保守いう”知恵”をーつの“思想”にした
いうところが戦後日本の誤り、不幸やな」
「日本の国学思想の源は水戸学でしょ?」
「日本に限らず、近世東アジアの思想の
コアは、すでに半分モンゴルに占領
されておった南宋の思想家・朱熹の
朱子学の思想なんや。中国にとって
異民族占領下の屈辱の時代の思想やし
多分にありもしない聖代の聖人君子を
やたらに理想としたがる非現実的な
ショービ二ズム。朱子学の発達前後で
東アジア各国での寛容さ、格段に違う。
唐帝国の中国、キリスト教もイスラム
教も普通に混在してた。道教が国教に
なったこともあった。則天武后時代や。
今中国も韓国も心狭いやろ。日本も人
のこといえんけどな。こうなったんは
朱子学の伝来と発達以来やな。日本では
幕府官学化された。水戸学ではさらに
知行合一の陽明学も入っとる。
これが幕末の志士のイデオロギーやった」
「京都でも大嵐でしたね幕末維新は・・」
「そういうても京都人はな。
イデオロギーに頭のてっぺんから
すぐ赤う染まる丹頂鶴とは違うねん。
200数十年ないがしろにされてた
京都を再び持ち上げるためやったら。
肚の内ではそう思うてただけや
思想や知識よりも知恵を信じるからな。
都では全ての思想も知識も相対化される。
京都自体が“保守本流”やからな」
「いい加減、話を元に戻さんと・・・」
「日本国憲法か?あれは巷間言われ
とるような、ラフマニノフの友達
やったレオニード・シロティ、和名
レオ・シロタの娘ベアテ・シロタ
・ゴードンが思いつきでちゃちゃっと
書いた、というものでもないのや。
第一次世界大戦前から、連鎖核分裂
による新型爆弾が2度目の世界大戦で
日本に投下され、ドイツと日本が
敗戦国になり、その後またたく間に
経済大国となって世界へ復帰・・いう
プロットの小説を書いたH・G・ウェルズ
が提案していた未来世界の憲法案こそ
本当のモデルなんや。京大あたりの
インテリの間では常識や・・・。
これまだエエ思えば、利用したらエエ。
“保守“は”思想”やのうて、“知恵”や。
じたばたする必要は全然ないのや。
保守本流ほどじたばたはせんモンなんや」
「磨かれた感覚は、大事にせいと?」
「さよう。京都大学でノーベル賞もろうた
先生。その点は共通して言うとられるな。
あのレベルの人達はすでに感覚=知恵や。
思想や知識よりも、信じるべきは・・やな」