尖閣の話はおそらくガス田が・・。しかし五月雨的にちょっかいを出してくる沖縄諸島南部。もちろん地政学的目的あるけれど、中国の沖縄への野心は、やや別の所にもあるかも。中国人と日本人。同じなのは見てくれだけで考え方は全然違ってるし、感じ方はもっと違っている。これは誰でも見ればわかることだけど、中国人はとても生命力が強い連中です。そしてそれ以上に生命への執着心じたいが半端なく強い。生きることへの執着心だけでみれば、中国人はユダヤ人にさえ勝つかもしれない。ともかく何が何でも長生きしたい。そして子孫がたくさん生まれた方がよい。「福・禄・寿」、つまり幸福、たくさんのガネ・長寿。それは無条件の幸福でありこのこと自体が議論の余地がない。数学でいえば公理。
まずいのは、その追求のためなら他人・他国の国民・の周辺民族の犠牲をも顧みないことなんで。
紀元前3世紀、始皇帝が古代中国を統一した時、ご多分に漏れず彼も不老不死の妙薬を求めた。徐福という仙人がいて、始皇帝の援助を得てそのための旅に出かけた。日本に来たかどうかわからない。伝説のが日本にあると考えられていた時代なので。ただ紀元前3世紀頃から日本列島への干渉が大陸から始まったという根拠にはなっている。これがいわゆる徐福伝説です。
中国人観光客はやたらに富士山に登りたがる。中国人の感覚ではとても縁起の良い山だそうです。結局老荘思想なわけですけど、富士≒不死という意味だったのだと。富士山の麓からフォッサマグナに沿って周りの日本人と家族形態の違う特殊な伝統があると、文化人類学的には割と知られた話です。中国人はそれを日本に非常に早い時期に入植した自分たちの祖先の末裔だと考えていて、それはおそらく徐福以来のものであろうと。本当の所どうなのかわからないけれど、西国以外では早い時期から大陸系の帰化人が住み着いていた痕跡はある。代表的な帰化人である秦氏。実在したかどうかわからない聖徳太子のブレーンだと考えられている秦河勝。その秦氏、彼らについては新羅人と百済人の両説あり、どちらの場合でも秦の始皇帝の末裔を名乗っていた。嘘だろうと思いますが。中部日本に多いハタ(羽田、etc)氏は、彼らの系統の人間がたくさんいた根拠になっています。京都の秦氏の神社は太秦にあり、秦氏が絡むところには必ず葵の紋がついている。葵は最も基本的な薬草の1つで、彼らが薬の技術を扱っていたことの痕跡です。これは中部地方にたくさんあり、しかも中部地方には代表的な毒草トリカブトも大量に群生しています。ちなみに駿河国の語源になったスルイとは古代アイヌ語でトリカブトのこと。神話上では日本武尊が苦戦した場所になってます。
中部地方でもう1つ豊かなものは水です。天竜川大井川富士川、世界レベルで見ても最も飲みやすいきれいな水が大量に採れる。古代から中国人が注目したとしても不思議ではない場所。土壌はよく農耕には適する。申し分ない気候。さらには彼らの感覚で言えば絶対的な量が確保できる豊かな、しかも良質な水、さらには薬草種がいっぱいある。当時の航海技術では大量入植は無理だったでしょうが、ある程度いたかも・・。時代が下るにつれて中国人は東北の物産にもとても強い興味を持っていて数百年間交易の対象にしてました。しかしそれは一義的に生きることとは関係のないこと。彼らの感覚からすればまず「生きられる場所」の確保。だとすると中部地方は合格だったでしょう。
彼らにとっての沖縄。これも根源的なところで長生きに関係があるんです。中国へ行ってみられた方ならすぐ分かることだけど、工業化で汚染される以前から元々水は良くないです。しかし良い水がとれると言われている場所がある。よく水墨画に描かれている桂林の辺りです。人口がある程度多い街の中では昔から長寿地帯としてよく知られている。中国人はそれが水のせいだと考える。桂林周辺の銘水は古代のサンゴ礁によってろ過されている水です。桂林周辺のあの奇岩奇石は古代の珊瑚礁が隆起したものだからです。サンゴ礁の島といえば沖縄です。それも沖縄本島以南の八重山や石垣と周辺。しかもあの辺は日本でも有数の長寿地域。これに中国人が関心を持たないはずがないんですよ。今すぐどうのこうのということではないかもしれないが、長期的には必ず手を出してくるだろうと考えなければ・・。日本在住の帰化中国人もそう考えているみたいです。
漢方薬の先生方は口を揃えてそういいますね。
長寿の水があるところで、中国人が黙って指をくわえていることは決してない・・と。