原爆供養塔に残された、もう一つの物語。

 

今回は、この続きを書きます。

 

今年の8月6日。

私は、早朝6時から行われた原爆供養塔の慰霊祭に参加しました。

 

そこで、心に強く残るお話を聞きました。

 

お話をされたのは、

毎月6日の原爆供養塔の慰霊祭を

引き継いでおられる、

 

西應寺副住職・平 慈敬さんのお父さま、

住職の平 秀哲さんです。

 

 

 

そのお話の中で、

私は、思いがけず、

 

自分自身のことを問われたような

気持ちになりました。

 

 

秀哲さんが話されたのは、

【我欲】について

 

 

今、世界では、戦争が続いています。

イランへの攻撃など、

国際情勢をめぐる報道を見て、

 

 

 

「どうして、こんなことをするんだろう」

「こんなことをする指導者は、ひどい」

 

と、憤りを感じる人も多いと思います。

 

 

私自身も、そうでした。

 

でも、秀哲さんは、

こんな問いを投げかけられました。

 

もし、

自分に大きな権力が集中して、

軍隊も自在に動かせるような立場になったとしたら、

 

自分には、

「欲」が働く可能性が、

1ミリもないと言えるだろうか。

 

その言葉に、

私は、ハッとしました。

 

「悪いのは、あの人」

と、相手を批判することは簡単です。

 

でも、

「自分だったら、絶対に違う」

と、本当に言い切れるのだろうか。

 

権力を持ったことのない人が、

「権力を持った人の気持ち」を

分かりもしないのに。

 

外側から批判して

責任転嫁しているだけなのではなのかも。

 

 

秀哲さんは、

だからこそ、

 

 

他人を見て攻撃するのではなく、

自分の内側を見つめる、

「内観」が必要なのだと話されました。

 

 

そして、話は、

「核兵器」へとつながっていきました。

 

 

 

核兵器があるから、

それが使われる可能性がある。

 

そして、

それによって世界が破滅する可能性がある。

 

だったら、

「そんなものがない世界」を、

 

私たち一人ひとりが、

つくっていく努力をしなければならない。

 

私は、そんな趣旨のお話として受け取りました。

 

この話を聞きながら、

私は、自分自身に問いかけました。

 

実は私は、

このところ、

日本の「非核三原則」を巡る動きに、

かなり憤慨していたのです。

 

広島・長崎の平和記念式典で、

高市早苗総理大臣は、

 

「非核三原則を将来も堅持する」ということについて、

 

明確な言葉を避けているように感じ、

「核兵器を『持ち込ませず』という部分を変えようとしているに違いない」

と、腹を立てていました。

 

でも、

 

原爆供養塔で秀哲さんのお話を聞いた時、

ふと、思ったのです。

 

私は、

不満を言っているだけ

文句を言っているだけ。

 

 

「非核三原則を守ってほしい」

と思うのなら、

 

私は、

その意思を示しただろうか。

行動しただろうか。と。

 

 

もちろん、

一人の市民に何ができるのか。

そう思う気持ちもあります。

 

でも、

「何もしていない自分」が、

 

ただ外側から怒っているだけでは、

 

何も変わらないし

何も変えることが出来ない。

 

「憤慨するだけの人」から、

「意思を示し、行動する人」へ、

変わりたいなと思ったのです。

 

この日の平和記念式典で、

 

広島市長は、平和宣言の中で、

 

✔非核三原則の厳守や、

✔核兵器禁止条約への日本政府の参加、

✔そして、早期の締約国入り

 

を、日本政府に求めました。

 

それを聞いて、

私は改めて思いました。

 

「核兵器のない世界をつくってほしい」

と願うだけではなく、

 

私自身も、

その願いを持つ一人として、

何ができるのかを考え、

意思を示して、行動していかなければならない。

 

平和について考えるとき、

 

つい、

 

「国と国との問題」

「政治家や指導者の問題」

「自分にはどうすることもできない大きな問題」

 

だと思いがちです。

 

自分と切り離しているのです。

 

でも、

この日の秀哲さんのお話は、

 

その視点を、

自分自身の内側へ導いて下さいました。

 

分断ではなく、つながりへと。

 

 

人を責める前に、

自分の中にある「我欲」を見つめる。

 

そして、

「私は、どんな世界を望んでいるのか」

を考える。

 

さらに、

自分にできる小さな行動をする。

 

平和って、

もしかすると、

そんなところから始まるのかもしれません。

 

 

原爆供養塔には、

今も、約7万柱の遺骨が眠っています。

 

 

そこに眠る人たちは、

戦争を望んでいたわけではありません。

 

✔家族と暮らし、

✔仕事をして、

✔ごはんを食べて、

✔笑ったり、泣いたりしながら、

 

私たちと同じように、

毎日を生きていた人たちです。

 

その人たちの命の上に、

今の私たちの平和があります。

 

でも、未来の平和は、約束されていません。

 

だから私は、

「二度と同じことを繰り返さないために、

私には何ができるだろう」

 

と、これからも問い続けたいと思います。

 

この原爆供養塔を守り、

「忘れない」ために行動してきた人たちの物語は、

まだ続きます。

 

次回は、

 

原爆供養塔が建てられるまでに、

大きな壁を乗り越えたの男性の物語です。

 

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