移動手段として最も安全とされている乗り物の代表が飛行機、次いで鉄道、船などであるが、それがひとたび事故を起こすと取り返しの付かない大惨事に発展する可能性がある。天災、人災、機器の故障などその原因は様々であるが、死者さえ出なければ長きに亘って語り継がれる事もなく人々の記憶から消えて行く。
JR石勝線トンネル内で起きた特急スーパーあおぞらの脱線火災事故を見て、あの悲惨な状況下で死者が出なかったのは不幸中の幸いとしかいい様がない。
トンネルから脱出した乗客のインタビュー姿を見た時、「九死に一生」とはまさにこの事だろうと思った。煙の煤で真っ黒になった顔から、死を覚悟した人間の生に対する情念を垣間見た気さえする。
自らの炎によって溶けて行く蝋のように6両全ての車両が原型を辛うじて保っているといった、まさに灼熱地獄の凄まじさをまざまざと見せ付けていた。
事故発生時の避難誘導が正しく迅速に行われていなかった等、問題点も幾つか指摘されており、更には事故原因が車両の点検整備ミスと言う、これまた福島原発と同じ人災と言う許しがたい経過を辿っているようである。
過去の鉄道事故で思い出すのは、2000年3月に起こった営団日比谷線脱線衝突事故。この時には死者5名、負傷者64名という大惨事であった事を今でも明瞭な記憶として残っている。
そして更に遡る事20年前、1991年5月に起きた、信楽高原鉄道(SKR)これも前者と同様の正面衝突と言う有り得ない内容の鉄道事故であった。この事故では42名が死亡、614名が重軽傷を負うという、国内での鉄道事故では史上最悪の人災鉄道事故と記憶している。
機械も人も完全ではない、だからこそ日々の安全点検とそれを継続する事が如何に大切かを様々な事故は教訓として残しているのだが、それでもなお事故は起こってしまう。地震や津波のように天災であれば諦めもつくが、人災だけは極力避けなければならない。
トンネル内で起こった事故として最も強烈な印象を与えたのは、1979年東名高速道路日本坂トンネル追突事故である。
静岡に住んでいた関係で、友人たちとドライブを楽しんだ時に、日本坂トンネルを利用する機会は度々あった。
乗用車2台と油脂を積んだ大型トラック4台を含めた追突事故は、トンネル内を火炎が渦を巻いて走り抜け、高温の煙突状態となったトンネルは熱釜の如くあらゆる物を焼き尽くして行った。
この事故があった数ヶ月後、このトンネルの事故現場辺りを通ると、トンネル壁に焼き付いた人影が見えるとか、悲鳴のような叫び声が聞こえるといった噂が広まり、今では静岡の都市伝説、心霊スポットになっている。
この日本坂トンネル下りを利用する機会があったなら、眼を凝らし耳をそばだてて見るといい。但し、ハンドルさばきは確実にお願いする。
※追記:過去最大の鉄道事故は2005年4月に起こったJR福知山線の脱線事故でしたので訂正致します。
