この二人、『迷コンビ』と言っても怒られる事はないだろう。先にフランスで行われたOECDやG8首脳会議での迷演説『最高度の原子力安全の実現』を世界に向けて公約してしまった形の菅総理。
事故元の東電から発信する情報よりも、フランスやアメリカの機関から届く声の方がより信憑性の高い状況下で、東電のでたらめ情報に振り回され続ける政府を見詰める国内外の反応は冷やかだ。
事故発生当初から指摘されていた『メルトダウン』についても、2ヶ月以上経った頃になって漸く認めるなど、情報隠蔽が当然の如くに行われていたと疑われても仕方のない事だろう。
正確な情報の乏しい中では、憶測でしか物事を判断出来ない場合は多々あるが然し、あらゆる可能性を考慮して原発事故と対峙するべきであったと思う。
難易度の高い手術に向かう医者は、あらゆる事態を想定した状態でメスを握る。『命』を守る為であれば、そこには僅かな躊躇も許されず、一瞬の戸惑いが生死を分ける事になる。
その意味でオペ室は戦場のような修羅場にもなり得る。原発事故現場はまさしく毎日が修羅場の連続であり、そこで働く作業員全てが医者なのだ。原発という途方もなく巨大な心臓にメスを入れ日々、命を掛けてのオペが続いている。
それは誰の為でもない、わたしたち国民の安全を守ると言う使命感が在ってこそだと思う。その現場を把握し的確な情報を発信する外側の人間が、まるで管制塔を失った飛行機の如く着地点も定まらない状態で離発着を繰り返す。
1号機への海水注入を巡る中断と継続のやり取りで大混乱する有り様は、これが栄光の東京電力か?と企業失格の烙印を東電自ら捺してしまったようなものであり、自滅型の典型とも言えるだろう。
そしてまたそれに同調するかのような政府の対応ぶりは『コントなの?』とつい思わせてしまうような状況だ。
現在ほど日本の未来と政治家の手腕が試されている時はないというのに、『永田町理論』が与党野党も含め活発化し始めている。菅総理の不信任案が囁かれている民主党に未来はないが、だからといって自民党や他の党に希望を託すほど国民は甘くないし、保身に走る政治家そのものに既に愛想を着かしている。
政治家の冗談はお笑いの世界だけにして頂きたいし、漫才国会もいい加減にして貰いたいと思う今日この頃であった。それにしても消えた汚染水の行方が不明と言うのも、東電のスチャラカ社員らしさが出ていると思うが如何でしょうか。
