原爆を投下した国の大領領がノーベル平和賞を受賞したのは、今回のオバマ大統領が初めてではないが、この賞のあり方に些か疑問が残る。
1974年には我が国の元総理「故 佐藤栄作」氏が受賞しているが、当時の世界情勢を省みると「ベトナム戦争」の話題で持ちきりだった気がする。
確かこの昭和49年は故田中角栄氏が日本のトップであり、日本列島改造論を実行していた時代ではなかっただろうか。
それと同時に国会は金脈問題で揺れ動いており、政治腐敗の根が密かに地下深くで息吹を上げ始めていたように思う。
ベトナム戦争に手を焼くアメリカは、北爆を再開しベトナムを焦土と化す作戦に出た。
それを佐藤氏は容認する発言をしていたと、わたしは記憶している。
オバマ大統領の受賞は「核廃絶」に尽きるが、核無き後の世界を想像すると背筋が凍りつく。
核兵器を全て無くすことは容易でないし、それを世界のトップと言われるリーダーが率先して新たな平和への道を切り開くのは称賛されることではあるが、世界の均衡を保っているものが「核」であることも事実であり、核なき後の世界が本当に平和なのかは、誰にも保障できるものではない。
通常兵器を利用しての諍いが世界のあちこちで勃発する可能性もある。
インドとパキスタンは核によって一応の均衡を保っている。
核はあってもなくても戦争は各地で起こっているし、イラクやアフガニスタンはいまだに真の平和からは程度遠い国である。
唯一の被爆国である日本は、再び自国のような悲劇を繰り返してはならぬと「核廃絶」を訴え続けているが、旧日本軍は戦争末期に原爆の研究に取り組み、製造しようとしていた。
たまたまアメリカが先に完成させただけのことであって、もしかすると日本が他の国に原爆を投下していたかも知れない。
その方が更に最悪な結果になったと言う事は想像すれば分かるだろう。
核は在ってもよいと思う。
大事なのは使い方である。
兵器として利用するだけが核ではない筈。
北朝鮮が大きく譲歩し国際社会へ復帰、核を放棄し拉致問題も解決、そして朝鮮戦争に終止符を打ち、南北統一となった時、果たして「金正日」にノーベル平和賞を授与する勇気を世界は持つだろうか。
