2008年6月、不安定狭心症と診断され緊急入院してから早くも一年が過ぎ去った。
この一年を振り返ってみると、死と隣合わせの連続だったような気がしている。
心筋梗塞を起こしたら、わたしは100%助からない。
心臓マッサージなどの蘇生術も意味がない。
子どもの頃から何度も死にかけてきたので、わたしは「死」を既に超えてしまった気さえしている。
この映像はわたしの狭心症治療に当たってくれた医者から頂いたもので、そう簡単に見られるものではない。
その意味に於いては非常に貴重な映像であり、データでもある。
医療関係者であれば、即座にご理解頂けると思う。
蝶の如く羽を開閉している「人工弁」が見て取れると思う。
この機械弁によってわたしは生かされている。
既に21年目を迎えたが、この「SJM弁」はすこぶる元気である。
10年も経つとこのような機械弁は殆どが壊れる。
そして壊れ方にもよるが、その場で即死か徐々に動きが悪くなり、心不全に至る。
後者でれあば再手術が行われ、運がよければその後も生き長らえることが出来る。
三井記念病院のデータによれば、おそらくわたしの弁が最も長く動いていることになる。
仮にこれを「奇跡」のひとつだとしよう。
しかし、奇跡は待っていても向こうからはやって来ない。
何故なら、奇跡は自分で作り出すものであるから。
そしてその気持ちを手助けしてくれる多くの人たちの努力と善意で「奇跡」が現実のものになるのである。
それはやはりどんな苦境に立たされても「希望」を失わないこと。
アメリカ人は絶望の中でも笑顔でジョークを言う。
顔は笑っているが、最大限の努力を惜しまない。
日本人も見習うと良いだろう。
さて、しかしながらわたしの心臓疾患は4つに増えてしまった。
現在進行形で悪化している。
薬は対処療法でしかなく、いずれ数年後には3回目の心臓手術を受けることになるだろう。
現段階で最も厄介なのは「心膜炎」続いて「三尖弁閉鎖不全」。
わたしは常に苦しみを抱きながら生きている。
呼吸することも体力が必要だし、眠ることすら簡単ではない。
それでもわたしは十分幸せだと思っている。
空気を吸い、美しい景色を見、冷たい雨に打たれる。
全ての現象が生きるためのエネルギーになっているのだ。
さあ、皆さんもそれを感じ取って欲しい。