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皆さんは

どのくらい自分の血筋の

直系、分家のことを

ご存知ですか。





何代前まで遡って顔や名前、

思い出話を知っていますか。





今年は戦後80年。

今日は戦死した私の

ひぃおじいちゃんの弟について

書いていきます。






名は三郎(さぶろう)です。




さぶろうさ

呼ばれていたので

私もそう呼んでいます。




もうすぐお盆です。

我が家には全部で13基の

お墓がありました。

(今は墓地の整備がされて

随分と減りましたが)




しかもそれが1箇所に

集まっているわけではなく、

3箇所に分かれていました。

ひと口に『墓参り』といっても

準備も移動も多めです。




いつも2箇所目の墓地の

お参りが終わる頃





「兵隊さんのところにも

行ってきて」





そう言われると私は

柄杓と水の入ったバケツを持って

みんなより先に3箇所目の

お墓に向かうのです。




少し離れたところに

立派な墓石がポツン。




墓石には

「海軍二等機関兵曹」という

文字があったのを

しっかり記憶しています。





「この兵隊さんは

どうして死んだの?」と

コイチさんに尋ねると




「餓死だ。



ヨウスコウらへんにいた

みたいだな。



食いもんがなくて

最後は先に死んだ人間を

食っとったらしい。




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ピンピンころばぬ在宅介護1話目