私が長男を育てていた頃、近所のママ友達からは



『あなたの所って厳しいのね』

『そんなんじゃ子供が萎縮しちゃうんじゃない?』

『子供が可哀相よ』

『もっと伸び伸びさせなきゃ』

『過保護ねー』

『今時は、みんなそうよ』





長男が小学校低学年の時、誕生日会にママ友も含めて5組ほど呼びました。


ママ友はママ友同士でおしゃべりに夢中で、子供が立って食べようとこぼそうと知らん顔。

肘を付いて食べる子もいれば、次々とおもちゃを出したり、ゲームを独り占めする子もいます。




物凄くカルチャーショックでした。




( ̄△ ̄;)エッ・・? 何、これ…  と…




反対に長男が余所に呼ばれた時、皆さんが一同に褒めて下さいました。


『躾が出来ててイイわねー』

『育てやすかったでしょー』

『親がしっかりしてるからだわー』





私は21歳で長男を産んでいますので、当時のママ友からすると、私は5歳以上も年下でした。



ところが、それも段々と変わってきます。


人づてに私の噂話が耳に入って来ました。



『あそこは躾が厳し過ぎる。』

『あれじゃ子供が可哀相』

『みんなが騒いでおやつを食べている所を、あそこの子だけがきちんと座って食べてた。よっぽど家ではキツイのよ。』

『もっと伸び伸びさせてあげなきゃ』





ショックでした。



私は『三つ子の魂百まで』と言いますか、躾は『何もわからない頃から』始めるべきだと思っています。

解る様になった時点では、既に自我が目覚め、それが単なる自我ならイイのですが、自我ではなく『好き勝手』になっている可能性も有る訳です。

何も解らなくても、『立って食べたらダメよ』『座って食べましょうね』『こぼさないようにしましょうね』『使った物は片付けましょう』などと、常日頃から『普通に』言い聞かせながら子育てする事で、子供は『ふ~ん、そうするものか~』と思うと私は考えます。


一概に全ての子供がそうとは限りません。


けれども、親が『何が正しいか』を教え続けていく物だと思っています。



現在の学校では、学級崩壊が叫ばれて居ますが、そんな事は既に私達が小学生の頃から少なからずも有ったのです。

授業中にキョロキョロして落ち着きの無い子や、大声でしゃべりだす子。

先生にタメ口叩く子や、粗暴な子。

人をいじめるのが平気な子や、絶えず自分が一番じゃない時が済まない子。





それが現在親になっている訳です。


『小さい頃は悪かったけど、今は立派になって』


なんて、ほんの一部だと思って居ます。

友人関係や職場での影響が、その子を成長させてくれたからであり、皆が皆、その様になるとは限りません。






私は現代のニートやフリーターの問題は、その様な事が徐々に蓄積されての今日だと思うのです。



当然、昔は今の様に学習障害児や様々な病気が認識されていなかった頃ですから、中には不名誉なレッテル付けをされていた子も居たでしょう。

けれども、その様な状態で無かった場合は、躾が悪いとしか言い様が無い訳で、それを『子供を尊重した子育て』だとか『伸び伸び教育』だとか言うのは、言い逃れだと思うのです。





子供はいつかは成長し、社会の一員になります。

いつまでが親の責任なのでしょうか?



私は長年様々な役員を経験して来ましたが、それはそれは色々な親御さんと出会いました。

会議では立派な発言をされるのに、その方の息子さんはと言うと、ズボンは太ももまで下げ、頭はムースでカチカチに立たせ、カッターシャツの中にはカラーTシャツを着込んでる。

ある方のお嬢さんは、制服を改造してミニスカートにし、ルーズソックスに化粧顔。

薄っすらとマニキュアもしていて、髪で隠していましたがピアスもしていました。

我が高校では、即刻停学処分の違反です。




『言っても聞かないのよ~』

『どこも一緒よ~』


ヾ(  ̄▽)ゞオホホホホホ










呆れて物が言えません。

こう言うのが親なんですよ。



そして私は言われます。


『あなたの所は、お子さんがイイ子でイイわね~』





イイ子じゃ有りません。


『普通』です。


校則を守るのは『イイ子』なんですか?

親の言う事を聞くのは『イイ子』なんですか?





『思春期になると、親の言う事を聞かなくなる』

とは言いますが、自我の目覚めと好き勝手とは違います。

親が買い与えていた服を嫌い、自分で決めたいと思うのは自我の目覚めですが、門限を破ったり、家での決まり事を守れなかったり、社会常識に反する事をするのは『わがまま』なだけなのです。




現在学校で子供が暴れた場合、腕を掴んでねじ伏せるのは『虐待』になります。

生徒指導室に連れて行き、無理矢理椅子に座らせて、延々と説教をする事は『精神的な暴力』になります。

教師数人で囲んでの説教は『威圧行為』となります。

『学校に来るな』なんて言おうものなら『生徒の教育を受ける権利の侵害』になるのです。


例えば校内で通りすがりに校則違反をした生徒を見つけ、『そんな格好したらアカンや無いか!』と、頭をポカンと一発殴ったとします。

殴られた生徒は『解った、解った!!ヘヘヘッ!』と、笑って逃げて行った。




この場合、どうなると思います?


何も無ければそのままですが、万一他の生徒が見かけ、家に帰ってから親に言ったとします。

その親が教育委員会に『○○校では、いくら注意と言ったって、生徒に殴る教師が居ます!ウチの子が目撃しました!殴られた子は笑っていましたが、生徒を冗談でも殴る教師が居ると言う事は、いつウチの子が殴られるか解りません!』と言ったとしたら、教育委員会は聞き流す事が出来ませんから聞き取り調査に入ります。

結果的に、教師は殴られた生徒と親に謝罪する事になるのです。





今の教育現場では

『出来なくてもいいんだよ』

『解らなくてもいいんだよ』

と、個人を尊重した教育をされていますよね。










社会はどうですか?

『出来なくてもいいんだよ』

『解らなくてもいいんだよ』

なんて言ってくれるのですか?




出来なくても採用してくれるのですか?

解らなくても、雇用し続けてくれるのですか?






社会に沿うと言う事と流される事とは違います。





子供への責任が終わったと言うのは、子供が社会に出て、社会生活が出来る様、自立出来る様に育てた者が言う言葉だと、私は思うのです。







私に

『躾が厳しい』

『息子さんが可哀相』

『子供の個性を尊重させてあげなきゃ』

と言っていた親御さんと、最近偶然お逢いする機会が有りました。



『大学行っても仕事が無くって…。フリーターするらしいわ。』

『高校、中退しちゃってね…』

『ずっとニートなのよ…』














そんな話を聞くと























『そりゃ、御宅は


とってもイイ躾をお子さんに


なさっていましたもの~♪』




















私は思わず言いたくなってしまいます。





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