ただいま♪

皆様、沢山のお悔やみありがとうございます。

生前の舅は、とても穏やかで朗らかな人でした。

穏やかで朗らかになったと言うべきでしょう。



姑が生きていた時は、家族の中に居ても、全く家族と接する事が無い存在の舅でした。


食事に行くのも、姑が行く事を決め、行く店も決め、食べる物も決める。

日常の生活も、全て姑が決め、舅はただ大好きな酒だけ飲んでいると言う状態でした。

酒びたりと言う訳ではなかったのですが、家自体が姑中心に動いていて、舅はただ金を稼ぐ以外必要とされていなかった存在でした。

私のブログに夫が全く子供を抱かないと書いて有りましたが、舅自身も全く子供を抱く事も遊んだり相手をする事の無い父親だったそうです。



私が一緒に生活していく中で解ったのは、姑が全て決めていた中に、『お父さんに子供の世話は無理』と決め付け、全てにおいての決定権を姑が握っていた為、全くと言っていいほど子供と接する事をさせていなかったのです。



なので、我が家では、『父親は金を稼ぐのが仕事。子供の事も家の事も全くしない。干渉も関与もしない。』と姑から決められていました。



例えば、私の長男が3歳の頃、40度からの高熱で脱水症状が出て緊急入院になった際、孫である長男の枕元で『今日は僕の誕生日やのに…』と口走る様な舅でした。

よって、家族の中に自分を一員としての感覚を全く持たず生活して来た舅でしたから、姑が晩年体の具合が悪くなっても『僕のご飯は?』と具合の悪い姑に聞いたり、姑が入院先から転院する際も、『僕は家で飲んどるから』と言える様な舅でした。

家族で遊園地に行っても、『僕はレストランで飲んでるから、帰りに声掛けてな。』と、入り口で分かれる舅でした。

けれども、その前に必ず姑が『お父さんは、遊園地に入ったらレストランで飲んでたらイイから!』と言ったり、『お父さんは要らないから!』『お父さんは行かないから!』と、先に言うのです。

要するに、おのずと舅は姑の言いなりに動いていたと言う訳です。



驚く事に舅は、友人関係まで姑に決められており、舅の仕事仲間が家に電話を掛けて来ても、電話を受けた姑が『あなたはまだ○○課に居るんですか?出世コースから外れた方と、ウチの主人を付き合わせる訳には行かないので、二度と電話しないで下さい!』と言い、電話を舅に代わる事無く切ってしまうのです。


舅の定年退職後、『近所まで来たので、ちょっと顔が見たくて。』と、わざわざ家に寄ってくれた舅の同僚を、玄関先で『あなたみたいに再就職の口も無い方と、ウチの主人を付き合わせる気は有りません!』と言い、門前払いした事も有ります。

プンプンと怒って居間に戻って来た姑から、『お父さん!あんな人と付き合いせんとってね!!』と言われても、黙ってうなづく舅だったので、とても驚いた事を覚えて居ます。

姑が亡くなる際も、今際の際(いまわのきわ)で『僕は控え室におってええんやろ?死んだら呼んでな。』と言う舅で、葬儀の時も当然喪主なのに、自分は家で留守番しているつもりだったくらいです。

『お義父さんは喪主なんだよ!?』と私に言われ、それでも『僕は何の役にも立たんから、息子が代行でええんとちゃうんか??』と言ったほどです。




私から見ても、血も涙も無いとはこの事で、舅は、飲んで食べて以外には全く興味を持つ事が無い人でした。



私の息子たちも、当然舅を数に入れて考える事をせず、逆に私が何をするのにも舅を気遣うのを嫌がりました。

息子である夫自身が、『親父には聞くな!ほっとけばイイ!イヤなら食うな!行きたくなきゃ1人で家に居ろ!!』と言っていたので、とにかく舅の前にウイスキーかビールを置いて、せんべいでも置いておけばイイと言う状態でした。



こんな親子の環境だから、夫も子供や家庭と関わる事が出来ないのだと感じた私は、舅を出来る限り『家族の一員』として意識付ける事に努力する事にしました。



私は、ファミリー意識の強い奴です。

誰かを無視してもイイ、ほっといてもイイ、数に入れて考えなくてイイなんて出来ないんです。



とにかく!!

『おじいちゃんはお父さんのお父さんなの!!ほっといてイイとかイヤだなんて言っちゃダメだし、そんな事考えたら人としてダメなの!!』

と、しつこくしつこく言い続け、夫よりも舅が一番。

舅に先に注文を聞いたり、晩ご飯のおかずも舅に何が食べたいのか聞く。

どこかに行くにも舅の行ける場所にするし、舅の行きにくい子供向けの場所ならば、舅が着いて行ける様に介護する。

当然それをイヤだとか言うのは、人としてダメなんだと子供に言って聞かせる。

『だったらアンタがケガや病気をしたとして、体が不自由になったらほっといてイイんだね!役に立たなくなったら、数に数えなくてイイんだね!!お母さんが年寄りになったら、捨てるんだな!!アンタらはそんな奴に育ってんだな!!』

と言う訳です。




年寄りや介護を必要とする人に対して、思わず手を貸そうとする人間に育てるのは、幼少の頃から日々の生活の中に、『介護』や『介助』の必要性、健常者と障害者の共生を教えなければならないと私は思っています。

障害は特別じゃないし、体が不自由になる事は、誰もが自分では避けられない事だとも思うからです。



私がそう言う日々を続ける事によって、徐々に子供たちも『じいちゃんは?』『じいちゃんに聞いてくる。』『じいちゃん呼んでくる。』『じいちゃんはどうしたい?』などと、『年寄りと生活する場合は、年寄り優先』が馴染んできた。


一番厄介だったのは夫だ。

『親父に聞かんでイイ!』『親父はイイから!』『親父は家に居ればイイやん!』

二言目にはこうだ。


あんまり腹が立ったので



『うるせーよ!オジイはアンタの親父だろ??アタシは全くの赤の他人だ!!それが一緒に暮らして面倒看てんのに、実の息子のアンタがほっとけなんて言える筋合いじゃねーだろが!!ほっとけって言うくらいなら、最初から同居なんてさせるなよ!!アンタが年寄りになったら、一番にアンタを捨ててやるからな!!実の親の面倒看て貰って、「あぁぁぁ、嫁には感謝しなきゃな。俺が率先して面倒看なきゃ。」って普通は思うもんだろが!!そんな態度なら、私がアンタのそばにズーッと居ると思うなよ!いつでも捨ててやるからな!!私はアンタより11歳も若いんだ!!アンタが70になった時、私は59歳やからな!』



と、怒鳴り散らしてやった。

私は夫であろうと、人の道に反する事をする奴は許さない。



(ならば、ブログに書いてある非人道的な夫の行動はどうなんだ?と言う疑問が有るでしょうが、それは今後解明されますので好御期待♪)






舅は見る見ると変わって行った。

孫の帰りが遅いと心配するし、休みだと『具合でも悪いんか?』と聞く様にもなった。

外食の時に先に注文を聞いてあげると満面の笑みを見せるし、料理をしていて

『じいちゃ~ん!味見~!!はよ来て~!』

と呼び付け、舅の口に里芋の煮つけなんかをポンと入れてやると、と~っても喜んだ。




家族として扱えば、家族として喜び、家族として考え、家族として感じられる人だったのだ。


舅が晩年老人ホームのお世話になってからも、しょっちゅう面会にも行っていたし、家族の会話の中にも頻繁に舅の話題が出た。



何が一番驚いたかと言うと、舅は老人ホームのイベントで、ミッキーマウスの被り物と衣装を着けて踊ったのだ。

そして、長男の結婚式の時、親族だけでの集合写真を取る際に、カメラマンが

『はい、撮りますよ~』

と言った瞬間


『1たす1は~??』


と突然言い出し、一瞬その場に居た全員が、何事が有ったかと固まり、

『2!!』

と、みんなで叫んで笑い顔になる事を、やっと気付いて大笑いになった。



その後は


『じいちゃん、ナイ~ス!!』


と、更に絶賛。













姑が亡くなった当初、試しにデイサービスに行かせた事が有ったが、どうやっても馴染む事が出来ない上に、誰としゃべる事もしない、レクレーションにも参加しないし、ただ一日中昼寝をしていた。



人間同士のコミュニケーションを取る事を、必要としなかったのだ。

当然仕事上では関わっていたのだが、それはあくまでも仕事上の事であり、プライベートでは全く誰とも付き合いしていなかった訳だ。

特に舅の勤めた所は官公庁で、ほとんど誰かと関わる事無く、ただひたすらに書類整理や金銭の出納をしていたので、一日ほとんどしゃべらずに過ごした事も多かったと言う。










亡くなったのは19日だが、私は18日の午後4時半まで舅と一緒にしゃべってた。

4月の花見にも一緒に行く約束をしたし、5月には観音祭りに行く事も、6月は初曾孫の誕生、7月は七夕祭り、8月は盆踊り、数々のもようし物に一緒に行く約束をした。

2月のバレンタインには、エレベーターのまん前に椅子を持って来て待っていたクセに、

『おぉ!なんやきたんか~?』

と言ってとぼけてた。

『嫁から愛を込めてや♪』

と、投げキッスをしてやると、物凄く喜んでいたし、18日も舅の欲しがっていたエロ本とエロ写真集を渡しに行った所だった。

家に帰ってからも、夕食の時には舅の話題で持ちきりで、過去の舅の悪事や爆笑ネタで笑い合った。






19日の午前5時15分に電話が鳴り、枕元に有る受話器を取るとホームからだった。

電話の相手は一生懸命焦った口調でしゃべってはいるが、それが一体誰の事を言っているのかが理解出来ない。


わずかに


『呼吸が止まって』

『救急隊を要請しています』


とは聞こえているものの、頭が理解出来ていない。


私は

『はぁ~…はぁ~…』

と、相槌だけを打つ。


隣に寝ている夫は

『あん?誰や?なんや?』

と、いぶかしげにこちらを見る。




話の内容が理解出来た瞬間、私は『はい!はい!!』としか言えなかった。


とりあえず現時点では呼吸停止状態なので、救急隊が到着してから死亡確認になるのか、甦生処置しながら病院へ搬送になるのか、解った時点で連絡するから、すぐに出られる様に準備して待って居てくれとの事だった。


電話を切った瞬間、私の口から出た言葉は

『じいちゃんが死に掛けてるて!!』

だった。

夫は飛び起き、私も着替えしながら状況説明をした。

長男を起こし、状況を簡潔に説明し、後の指示を待つ様に言う。



着替えが終わったのと同時に、電話が鳴った。

『甦生しながら病院に向かっています。』

夫は自分の車で行く気だったが、病院に着いた時点で夫には一番に降りて貰わなければならない。

駐車スペースに駐車する間も惜しい。

私が運転し、私の車で行く事にした。



病院に着き、夫を救急入り口で降ろし、私は駐車スペースに車を停めた。

私も走って救急外来に入る。



そこには、気道に送管され、心電図などの機器が付けられ、胸骨が折れんばかりに心臓マッサージを受けている舅だった。






医者から、もうこれ以上何をしても戻る事は無いと言い渡され、夫が納得行ってくれれば甦生処置を止めると言う。




もう、ダメだと言う事は一目で解る状態だった。



夫の

『解りました』

と言う言葉と、

医者が

『ご兄弟様は他には?』

と聞き、夫が自分は一人っ子だと言うと

『ご納得行って下さいましたか?』

と言った。

その言葉の後に、

私は

『私は納得が行かん!!』

と言いかけた。



でも、どう見てもダメな状態は私でも解る。

救急隊が、医者からのストップを待つかの様な表情で心臓マッサージを続けている。



夫が更に

『解りました』

と言った後、

医者が救急隊に

『ご家族がご納得行って下さいましたから』

と言った。



医者は、夫だけが『解りました』と言ったのに、『ご家族がご納得行って下さった』と言った。



私には聞かない。

私も家族だ!!

それも、家族の中では一番時間を共有した人間は私だ!!

私が一番じいちゃんを知っている!!

私が一番じいちゃんとしゃべってる!!

なんで夫が決めるんだ??

なんで夫一人の決断でイイんだ!!





これが、近親者・血縁者と言う事だと、悔しいほど知らされた。





私は夫と結婚する際に、義両親に養子縁組をして貰っていないので、当然相続権も無けりゃ夫と同じ様な権利が無い。



いくら面倒を看ようとも、こんな時の決定権は夫にしか無いのである。
















私自身の心の整理や、舅が亡くなった事を全く受け入れられなかったので、夫にはわがままを言わせて貰った。

仮通夜・本通夜と、一日時間が欲しいと言った。

19日の仮通夜の晩、私は舅の枕元でひたすら

『なんで死んでもたんよ…』

『じいちゃん、目ぇ開けてぇな…』

と語り続けた。









夫が一人っ子なので、物事を決めるのには全く困らない。

けれども、誰も手伝ってくれないので、肉体的には物凄くしんどい。

夫が色々と電話をしている最中に、葬儀場の係りの人からは、あれこれと決める事の話がある。





姑には兄弟姉妹が4人居て、舅には7人居る。

それぞれに子供、いわゆる夫からしたらイトコが居るのだが、誰も皆口を揃えた様に

『通夜・葬儀の予定が決まったら連絡して。

 行けると思うから。』

だった。




行けると思う。





思うじゃねーだろ!!

絶対に来るもんだろが!!





不人情だと思うだろうが、姑が生前に、散々親戚中に言いたい放題していたので、実質我が家だけが親戚扱いされて居なかったのが原因だ。






姑が亡くなった際の事はココでは触れず、また改めてブログに書くが、今回の事が予想出来る展開だったと言っておこう。






親戚たちの中には、当然舅の弟や妹が居る。

それでも、

『お通夜は5分前でイイ?』

と聞いたり

『葬儀には仕事で行けないが、その後の仕上げ料理には顔を出す。』

と言ったり

『腰が痛いから迎えに来てくれるなら行けるけど』

と言う奴ばかりだ。





『かづぷーさん、1人で大丈夫?手伝いに行こうか?』

なんて言う奴は1人も居ない。




昔から冠婚葬祭だけは、村八分でも付き合いすると言われるが、夫の親戚にそんな事をしてくれる奴は誰一人居ない。


よっぽど親戚から嫌われていたんだと、よく解る。



そちらのあたりも、姑がどんな事を親戚に言う奴だったのか、今後ブログに書くので好ご期待。(笑)











とりあえず滞り無く葬儀も終わり、ホッと一息と言う所で自宅に帰った。





























何はともあれ、本当に皆様ありがとうございました。








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