3学期の3週目、私が働く

オーストラリアの田舎の高校では、

毎年恒例のBook Weekが行われる。

イベントの一環として、生徒たちから

ライティング作品を募集している。

その中の一つを読む機会があった。



書いたのは、ヤズィーディの

難民の女子生徒だった。

故郷の小さな町で、家族や親戚と

平和に暮らしていた日々。

父や兄は農業で生計を立て、

母は家事や子どもたちの世話を

一手に担っていた。



そんな幸せな暮らしが、

ISISの侵攻によって一変した。

安全な場所を求めて山へ逃げ、

野外で暮らしながら移動を続けた日々。

親戚とも離ればなれになり、

「いつかまた会える」と信じながら

山の中で過ごしたこと。



その後、ようやく難民キャンプで

家族や親戚と再会し、久しぶりに

屋根のある場所で眠ることができたという。

さらに叔父さんが一足先に難民として

オーストラリアへ渡り、家族は

涙ながらに見送ったこと。



何年もの時を経て、ようやく家族全員で

オーストラリアへ来ることができたこと。

そして、新しい国での生活に慣れるまでにも

苦難の連続だったこと。

読みながら、何度も胸が詰まりそうになった。



ニュースでは知っていたつもりだった

「難民」という言葉。その裏に、

一人ひとりの人生があり、

失われた日常があり、それでも

前を向こうとする強さがあることを、

この生徒の文章は教えてくれた。



悲しい出来事が綴られているにもかかわらず

その文章には希望があった。

最後の一文が、今も心に残っている。

どんなに苦しい状況でも、

きっとよくなるときが来る

その言葉は、彼女自身が歩んできた

人生だからこそ、重く、そして温かく響いた。