この『いつの間に…』シリーズは
亡き父の事を記録したブログです。
私個人用であり、かなり長文です。
どうぞスルーして下さいませ


前回のブログ
(いつの間にシリーズ第7話の)
『TVのリモコンを手に
電話が掛からないんだ‼︎』
と、パニックになってから
覚醒するまでに、
僅か3週間くらいだったと
思いますが、
その3週間が私にとって
長い長い地獄の3週間でした
朝起きて、どんな服を着たらいいのか
分からない。と言いました。
それからは、毎朝私が
着替えを出しました。
ある時は、
明け方4時頃ごそごそと
音がするので、リビングへ行ってみると
洋服に着替えて、ソファーに座っていたり。
何度も予定を確認するのですが、
全く覚えられず

(たいした予定も無かったのですが
)
)今までの父とは、
明らかに違う『誰?』かに、
なっていました。
本人も
きっと、
何かがおかしい。
と、思っていたと思います。
車の運転も、先生がOK出すまで、
辞めておこうね。
と、約束しました。
何故なら、車を車庫にちゃんと
駐車出来なくなったから。
車の中に財布の入ったバッグを
入れっぱなしで、鍵も掛けず。。。
用心深い父
こんな事は、まずありませんでした。
月に1度の、パソコン教室
本人が行くと言うので、
何か刺激になればと、
私の車で、送って行きました。
実際、こんな状態で
パソコンなんて出来る?
と、思ったのですが、、、
パソコン教室の先生に、事情を話すと、
快く対応して頂きました。
感謝でした。
が、私が迎えに行くと、
まだパソコン教室の
時間が終わっていないのにも関わらず、
父は、外の駐車場へ出ていて、
他の人の車のドアに
自分の車のキーを差して、
開けようとしていました。。
その時、雨がけっこう降っていて、
父は沢山濡れてしまっていました。
父は自分の車を探していたのです。
とても慌てている様子でした。
…いつから外にいたんだろう💦
私は、その姿を見て
心臓がドキドキ、、
可哀想になって、、、
悲しくなって、、、
泣きそうになりました。
今、これを書いていても切なくて、
胸が一杯になります。
あの光景は多分一生忘れられないと思う。
急いで父の所へ駆け寄り、
『じーじ〜?
今日は私の車で来たでしょ?』
と、宥める様に声を掛け
濡れた体をタオルで
拭いてあげました。
父が手ぶらなのに気づき、
パソコンや、鞄は??
置いてきちゃった??と声を掛けながら、
教室に取りに行こうとしたら、
先生が、持って来て下さいました。
父は終始無言で、顔面蒼白
先生にお礼も言わず。。
これ、本当に認知症じゃないの⁉️
と疑いたくなる様な行動
車に乗せて、
『じーじ大丈夫?
沢山濡れちゃったね。』
って、言ったら、
『お騒がせ致しました。』
って、少し笑いながら言われて、、、
何とも言えない気持ちになった。
色々な事が有りました。
これは、いつまで続くんだろうか⁉️
認知症です。って診断された方が
諦めがつくと思ったり
比較的、症状が落ち着いていて、
私の話も理解出来る時に、
数回、父と今の状態の事を話しました。
今、どうしてこうなっているのか。
です。
今、どんな気持ち?
今、この状況をどんな風に、
感じてる?
と。
すると、黙り込む。
もしかしたらだけど、
じーじが子供の頃に
体験経験した出来事が
関係しているかもしれないのよ。
すると、
子供の頃、母親との関係に
痛い出来事がありました。
そして、その事が原因で、
妻の死、自身の病気の事が
今のこの現象を、起こしているのでは?
と、考察をかけて行きました。
実は私、以前から
父の心の中には
強い恐怖、不安、怒りがあると
感じておりました。
その事を、本人が知る必要があると
このタイミングで感じたので、
ゆっくりと、
話して行きました。
愕然とした様子でしたが、
自分を知る。と言う事が
やはり、とても大事な事だと
後に、父は証明してくれました。
『自分を知る』事は、
人生を進めて行く鍵だと思っています。
父は自分の事を、臆病で怖がりだ。
と、言ったのです。
私は、言葉を失いました。。。
私が認識している『父』とは、
かけ離れていたからです。
しかしこの事が、後に
私の為でもあったと分かります。
クリニックを受診する5日位前
だったと思います。
私が仕事から帰ると
父が、開口一番
『わかったよ!分かった!』
と、興奮していました。
余りのハイテンションに、
少しビビリましたが、
(また、違った症状が出たの⁉️)
父の顔は、満面の笑顔でした
『気分が良くて、掃除もしたよ!』
と
その日、父は覚醒しました。
いつもの父に戻ってました


それ以降、意識障害的な事は
起こりませんでした。
そして、予約した受診日に
メンタルクリニックへ
『5日前位に元に戻りました』と私。
すると、先生は、
良かったですね。
一時的な、意識障害だったと言えます。
と、仰いました。
本当に、良かったと
心から思いました。
そして、どうして父が怒鳴る人なのか、
(父の性格:すぐキレる、怒鳴る、気が短い、自分本位、KY等、並べると最低ですが、良い所も沢山ありましたよ)←フォローになってない⁈
この事で分かりました。
私は幼少期より、父に怒鳴られ、
ダメ出しされ、育ちました。
お陰様で、自己承認が出来ず、
全く自信の無い、私なんてダメダメ〜
に、無価値観、自己犠牲等、
ネガティブオンパレードですよ。
石橋をも叩いて割る⚡️
そんな、大人に成長したのです(笑)
この後、やっと永きに渡る呪縛から
解き放たれるのでした。
私の四十〇年を返せ〜!
と、心の中で叫びましたよw
ちょっと、内容が逸れましたが💦
その後の父は、
日々、体力が落ち、
歩く事もしなくなり
お腹も空かないと、食も細くなり、
酷い便秘と格闘しながら
入院する事に。
入院した父は、ホッとした顔をしていました。
自宅では、眉間にシワを寄せて、
険しい顔でした。
入院して、初めて肺が深刻な状態だと
分かりました。
もう、殆ど肺が機能していないと。。
つづく。

父の作品です