身近に在るメディスン
私は薬草メディスンとシャーマニズムの世界を広めたいという趣旨のもと活動をしています。
そのため、アヤワスカやプラントメディスン一辺倒と思われがちかもしれませんが、最も身近で意識すべきは、「人というメディスン」なのではないかとよく考えるようになりました。
人ももちろんスピリット、そして自分の潜在意識や意図を如実に映し出してくれる貴重な登場人物。そして多くの人は、ほぼ毎日誰かと出会い、職業上のサービスはもちろん、愛や親切、ストレス、苦しみに至るまで、実際にそれらを与えてくれるのはやはり人です。
特に北米の先住民たちは、「不幸や不運という言葉はない。それらはすべてギフトと呼ぶのだ」と言います。実際に彼らの言語には、不幸や不運にあたる言葉がないと聞きました。
よく、「悟りを得るためには深山に籠もるべからず」と言われますが、人に揉まれることそれ自体がメディスンなのだと思います。特に日常受け取る「もやっとした感覚」「いらっとした時」、うまくいかないとき=ストレスを感じる時にこそ、自己成長の課題が隠されているという意味が、別次元でよく理解できるようになってきました。
実は、それもまたアヤワスカやスピリットが導いてくれたとしか思えない風向きをコロンビアでも感じました。
あたかも、あまりにもアヤワスカに熱狂的な私のバランス感覚を正してくれているようです。
「メディスンは植物だけじゃないんだよ」と語ってくれているようです。
「人こそ気づきを与えてくれるメディスン」、つくづく神が造り給うこの世は面白いと最近思います。
さらに、この理解を踏まえてメディスンを摂取すると、また別の世界が拡がり、自分のことを理解しやすくなっていくのは興味深いものです。
意図を設定し、人というメディスンから得た「クエスト」を、植物のスピリットのサポートを受けながら謎解きしていく…まさに人生とはゲームのようなものだと最近よく感じさせられます。
ご縁のある方は、是非、パワープラントMDセッションでこのゲームの謎解きに挑戦してみて下さい。