小津安二郎監督
何故だか 小津作品の中では 評価の低い
映画だそうですが でも、私は好きです。
雨宮時子 (田中絹代)
夫・修一 (佐野周二)
お話。
舞台は江東区。
向こうに見えるのは 砂町のガス・タンクだそうです。
この町で 間借り生活を している時子は
ひとり息子の 浩を育てながら
未だに 戦争から帰還してこない 夫・修一を待ちわびていた。
ミシンの内職で 生計を立てている時子だが
物資高の今、それだけでは 食べて行けず
今日も 最後に残った一枚の着物を
親友の秋子のもとに 持って来た。
秋子(村田千英子)は この着物を
闇商売をしている 織江に持ち込む。
織江 (水上令子)は言う。
「時子さんなら、何もこんなことしなくても
ラクに暮らせるじゃないの
綺麗なんだから その気になればいいのよ」
その日、浩が突然、高熱を出し 病院に連れて行くと
急性大腸カタルと言われ そのまま入院となった。
医者による 必死の手当てで
幸いにも浩の容体は 快方に向かったが
次に時子に 降りかかって来たのは 病院の支払いであった。
貯えも無い彼女には どうすることも出来ない。
悩み、迷い、そして遂に時子は 織江を訪ね
月島の 曖昧宿といわれる いかがわしい家で
見知らぬ男と いっときを過ごしてしまう。
「あんた、馬鹿よ、なぜ私に言ってくれなかったの!」
秋子は後日 このことを知り 時子をなじったが
しかし時子は 同じように貧しい秋子に
相談して 困らせたくなかったのだ。
「でもこのことは 旦那様が帰って来ても 決して言っては駄目よ」
この後、時子と秋子が 荒川の土手でお喋りするシーン。
ここが好きなんです。
時子「むかし私、お巡りさんのお嫁さんになりたかったの」
「あなた、郊外に家を持ちたいって言ってたわね。
芝生があって、日当たりが良くて、犬もいて・・
それで、ある日のことよ、
旦那様が お土産を買って来てくれるの
それはファックス・マクターの コンパクトだったの」
「マックス・ファクターよ」
「あ、そうか」
「もう駄目ね、私たち・・」
「何言ってるのよ、昔のような夢を もう一度、持つのよ」
そうしたある日、夫・修一が帰って来る。
この瞬間を どれだけ待ちわびたことだろう。
しかしこの夜、夫婦で近況を話し合ううちに
浩の病気の一件に 触れ
病院の支払いについて 問い詰められた時子は
何もかも 打ち明けてしまう。
時子は夫婦の間に 隠し事を持ちたくなかったのだ。
ガク然とする 修一。
その家はどこなんだ、月島の、
道をどっちに曲がった 何ていう家だ!
激しく問い詰める 修一。
「小学校の裏の、桜井という家でした・・」
苦しんだ修一は
突き詰めた気持ちで 後日、その家へ行ってみる。
呼ばれて やって来たのは
房子 (文谷千代子)という 21歳の娘だった。
このとき、裏の小学校から 「夏は来ぬ」の合唱が聴こえる。
歌声を聴きながら 房子は言う。
「私、あの小学校を出たのよ」
彼女は 病気で働けない父親と 弟を養っていると話す。
話を聞いているうちに 修一は不思議と心がやわらぎ
お金だけ払うと その家を出た。
帰りがけに 近くの原っぱで ぼんやりしていると
(向こうに 勝鬨橋が見える)
先程の娘・房子が お弁当を持って やって来る。
お天気のいい日は いつもここで 食べるのだと言う。
このシーンも いいんですよ。
「ひとつ、いかが? お金だけもらっちゃ悪いから・・」
「それじゃ、もらおうか」
「君は なんで、真面目な仕事をしないんだい」
「私なんか真面目にしたって、みんなに馬鹿にされるだけよ」
「そんなことはないだろう」
「だって、お兄さんだって、私を馬鹿にしに来たんでしょ」
修一は房子に 真面目な仕事を見つけてやるよと 約束して帰り
会社の先輩・佐竹 (笠智衆)に
妻とのことも、何もかも話して 相談する。
「君は その女は許せて どうして奥さんは許せないんだ
過ぎたことにこだわらず
許してやれよ、奥さんが可愛そうだよ」
修一も そう思う。
心の底では もう許しているのだ。
しかし、家へ帰って 妻と向かい合うと やはり駄目なのだ。
夫に許しを乞うばかりの 時子が
かえって 修一の気持ちを苛立たせ
すがりついた時子を 修一は突き飛ばし
時子は 階段から転落する。
このシーンで
はじめて小津さんは スタントを使ったそうですが
階段を落ちるあいだじゅう、こちらに向いているお顔が
絹代さんに 見えました。
「時子! 時子!」
このとき、修一は やっと素直な気持ちになる。
「僕たちは これから長い生活を しなければならない夫婦なのだ。
もう二度と考えるまい、
もっと深い愛情を持つんだ、笑って信じあうんだ」
修一は かたく時子を抱きしめた。
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当時、「特殊飲食店」として 売春行為を許容、黙認する区域を
地図に赤い線で囲んだことから 「赤線地帯」
これに対し 「特殊飲食店」の許可を取らずに
表向き、一般の飲食店のまま 裏で売春行為をさせていた区域を
青い線で囲んだことから 「青線地帯」と呼ばれていたそうです。
時子の行った 月島の家というのは
この青線地帯の 俗に「曖昧宿」と言われる
表向き 普通の民家でした。
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この当時の日本は 貧困のどん底にあり

























