こんにちは![]()
私は、HSPという気質を持っています。
HSPについてはこちら↓
子どもの頃から、いろいろなことに敏感に反応し、
また、人にどう見られるかを気にして生きてきました。
今日は、そんなエピソードについて書いてみたいと思います。
私が幼稚園に行っていた頃、
幼稚園のトイレが、男女別に別れていませんでした。
その上、ドアに鍵もありませんでした。
まだ小さいので、そういったことを気にする年齢ではない。
というのと、
やはり小さいので、なるべく目が届くように、
危険を回避するためでもあるんでしょうね。
私が勤めていた保育園でも、やはり同様でしたし、
2歳児くらいまでは、ドアもなくて、
ただ便器が置いてあるだけ、のトイレを使っていました。
大人の立場になってみると、
そのくらいの子どもは、まだ介助が必要だったりするし、
その方が子どもにとっても安心だろうし、
都合が良いのはわかるのです。
でも、幼稚園の頃の私には、これが耐えられませんでした。
ドアに鍵がない!
いつ誰に開けられるかわからない!
しかも男女一緒!
男の子に見られたらどうする!?
そんなわけで、トイレで要を足すことがどうしてもできません。
しかも、そんなことを気にしていることを知られるのも恥ずかしくて、
先生に訴えたり、相談することもできませんでした。
結局、
やむなく、
毎日おもらしすることに‥‥‥。
「その方が恥ずかしいじゃーん!」
と、ツッコミを入れたいところですが、
幼い私なりに、必死に考えた末の、
やむを得ない選択だったのだと思います。
毎日、先生にお着替え部屋に連れて行かれ、
タンスの中から園のパンツを借りて、履き替えさせてもらう。
そして、濡れたパンツをビニール袋に入れてもらって、
手にぶら下げて持ち帰る。
そんな光景が脳裏に焼きついています。
母はどう思っていたのかな。
母にも理由は言えませんでしたから。
そんなことを話したら、変な子だと思われる。
そう思ってました。
うーん。
ややこしい子どもだ。
でもね。
がんばってた。
がんばってたなと思うんです。
私。
幼い私なりに、
必死に考えて、自分を守っていたんですよね。
よくがんばった。
えらかった。
幼い私に、そう言ってあげたいと思います。
同じように、
誰でもが、
無意識にだとしても、
いつも自分のための最善を考えている。
そう思うんです。
たとえ周囲から見たら、
なんでそんなことするの?
と思うような、
一見ネガティブなことだとしても、
自分は、
いつも自分のために最善を尽くしている。
どうか、
そんな自分を、
認めて、ねぎらってあげてください。
「おつかれさま。 よくがんばったね。」と。
話は戻りますが、
その私の毎日のおもらしについて、
一度も叱られた記憶がありません。
先生からも、両親からも。
たぶん、先生も、両親も、
おもらしの理由はわからないにしても、
私の繊細な性質を感じてくれていて、
見守ってくれていたんだと思います。
みんなの愛を感じます。
私はいつも、
愛に包まれていたんだなぁ。
と、
ここまで書いて思い出したんですが、
うちの息子、幼稚園の時、
トイレをしている時に誰かに開けられるのが嫌で、
一人だけ先生用の鍵付きトイレに入ってました!
受け継いでるなー‥‥‥。
彼、ADHDもあるんだけど‥‥‥。
ま、
いいか。
先生のトイレを使うという知恵が働くところが息子らしい。
それぞれが、
いつもそれぞれの最善を尽くしている。
それを信じて、信頼して、
尊重していけば良いのではないかと思います。
それではまた![]()
あなたらしい、自由な人生を応援しています。
