プロフィール4のつづき。

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父親の死


父親は、首のヘルニアで思うように体を動かせなくなってきたことと、膨らみ過ぎた借金を苦に、死を選択しました。

聞いた話では、家に代々残っていた借金。

それに加え、父親の兄弟たち(父親は5人兄弟の長男)が家を建てる時に工面したお金、農業機械の購入などで、この先自分では返せないほどになってしまったのです。

バスケを怪我で引退し、離婚までして秋田に戻ってきていた兄も、就職しては辞め、就職しては辞め、家の借金を返すどころか、自らも借金を作るなど、昔のヒーローの面影はもうどこにもありませんでした。

保険金でまかなえると父親は思っていたかもしれませんが、新たな借金が次々と出てきます。
具体的にいくら借金があるかは父親以外誰も知らず、残された家族は、さらに辛い状況になっていったのです。

父親は誰にも悩みを言わず一人で抱えて、すべて持って行こうとしたんだと思います。
しかし結果は精神的にも、経済的にも家族を苦しめることになってしまいました。

父親の死を機に、兄も心を入れ替え、僕もやる気がわいてくるかと思っていたのですが、一時的なものにしか過ぎませんでした。

兄から度々かかってくる電話は「仕送りしてくれ。金送ってくれ。」ばかり。

僕は、ヒーローで誇りだった兄に罵倒するようになりました。。。

自己犠牲


そして、僕自身も

「自分はもっと頑張らないといけなんじゃないのか?」
「寝る暇を惜しんで、もっと働かなくちゃいけないのでは?」
「なりふり構わずガツガツやらないといけないんじゃ?」
「スキーのインストラクターなんかしてるばあいか?」
「自分が秋田に帰った方がいいのでは?」

などと「自分が頑張れば」と、自分を犠牲にすることばかり考えるようになっていました。

母親や兄が後を追ってしまうのではないか、とも。。

また当時の奥さんも体調不良が続き、度々倒れるようにもなります。

自宅で仕事ができて、いつでも動けるようにしたい。

これがスキーをやめ、インターネットを活用したビジネスを始めるキッカケになったのです。

新しいインターネットの世界へ


どんなに辛くとも、ほんのわずかな良い兆しに着目し続け、ひたすら前向きに考え続けました。

幼い頃の寂しい気持ち、兄との確執、父親の死を恥じている自分

それらに囚われて続けていました。

インターネットトがきっかけで出会う人たちは、これまで僕が会ったことのないような方ばかりでした。
価値観も大きく変わり、これまで手放せていなかった僕自身の勝手な想いも、少しずつ手放せるようになっていったのです。

幸い運にも人にも恵まれ、独立後4000名以上の方のアメブロ、ワードプレスのカスタマイズサポートや活用支援をすることで、自宅でできるビジネスを少しずつ確立していく事が出来ました。

2009年に始めたアメブロでは5600名の読者を超えるほどの人気ブログに(今はなくなってしまいましたが…)

始めてから1年で軌道にのり、スキースクールから独立を決意。
13年お世話になりましたが、2010年に独立いたしました。

2012年3月には、ソーテック社より「アメブロ 逆引きQ&A101」を出版することもできました




気がつくと、自宅で全国、あるいは海外在住の日本人の方をサポートするだけではなく、各地でセミナーを開催するようにもなりました。

「自宅で出来る仕事」として始めたインターネットビジネスですが、「場所を選ばない仕事」になっていたのです。
そのキッカケをくれた前の奥さんにはとても感謝しています。
(2016年からは離婚を機に、活動拠点を鎌倉に移しています。)

経験してきたことこそが魅力


僕が感じるのは、今の自分を作っているものは、過去の自分であり、決して恥じることや負い目を感じることではない、むしろ自分を進化させてくれるとものだということです。

今の奥さんは、僕の過去の辛かったことや弱いところもさらけ出したから受け入れてくれました。
再婚カップルですが、お互い支えあいながら過去をプラスにして今を楽しんでいます。

無駄な経験や想いなどなく、どれも今の僕を作るのに必要な事ばかりです。
きっとそれは、僕だけでなくひとりひとりにも言える事だと思います。

経験してきたことこそが、その人の魅力になります。
飾ったり、無理したりせず、自然体で。

その自然体で自分らしさを出して、一人一人がファンを作ろう。

これが僕の伝えたいことです。


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