私には 「生きてる世界の景色が明確に変わった瞬間」が何度かあるのですが

自分の「当たり前の外」を見せてもらうことはその大きなきっかけになりますよね。


 

7年ほど前、私が心のことをはじめて学んだお師匠は 当時の私から見るとびっくりするような生き方をされてる方でした。

 
 

 私はお師匠が大好きで 別荘に泊まらせてもらってお話を聴かせてもらいまくったり、笑

「どうしてこの考え方に至ったのか」の興味が止まらなくて

 

いくらでも話を聴いていたいって思う魅力的な方なのですけど

とにかく私の「当たり前の外」に生きていらっしゃる方で。

 

 


その状況で「もうダメだ」ってまったく思わなかったのはなんで?

「どうしてこんな目に」ってならなかったのはなんで?

なんでそんなサラリと目が飛び出るようなエピソード話してくれるのーーー???

 

と、私の中の「当たり前」がひっくりかえるストーリーが次々に出てくるのです。

 

 

  

その中のひとつ、私の被害者意識が吹っ飛んだエピソードがあってね

 

 


 

-----ここから引用-----

 
ご存知の方も多いかと思いますが、私は中学2年で仕事を始め、3年で親元を離れ自活を始めました。


母がそばにいるのに、愛されていない(と感じている)ことが辛くて辛くて、逃げたのです。


その後長年、母親から愛されていない、という勘違いは強く根付いたまま、長年生きてきました。


 
 -----引用ここまで-----

 

 

このストーリーを聴いたとき、頭殴られるような衝撃だったんですよね。

 


中学生の頃から働いて自活???

 

そんなこと、これっぽっちも考えたこともなく、大学卒業までしっかり実家のお世話になって、

それで「親のせいで生きづらい」と思ってた私って…?

 

 

と、被害者意識が強制的に外れるほどに

このルミさんのエピソードは私にとって強烈なインパクトでした。

 

 

 

このとき、

 

「じゃあ私ももっと早くに自活していればよかったじゃないか」とか

「でも私には稼ぐ能力なんてなかったから」とか

「中学生で自活なんて普通 思いつかないよ」とか

 

そんなことを思ったわけではないんです。

 


 

そこは全然 重要ではなくて、

 

自活するという道も選べなかったわけではないけれど(実際それをやっていた人がいるわけで)、

私は不満を持ちながらも親の元で被害者として生きることを選んでた

 

ということ。

 

 

実際に自活するかどうかは重要ではなくて

 

どうすることもできず 親の元で我慢して生きるしかなかったわけじゃなくて

それが「私の選択」だったんだということ。

 

 

 

「自分の選択だった」と心から納得できたとき、被害者/加害者 どちらかしかない人生が終わりました。

 

これが私を生きづらさから救ってくれた大きな転換点のひとつです。

 

 

 

で、いつもはここまでで話を終えるんですけど 今日はもう少しその先のお話を。

 

 

私がダメだった/親のせいだ とか

被害者/加害者 とか

 

どっちが悪い、私は悪くない、みたいな次元ではない視点から はじめて自分の生きてる世界が見えたとき

 

 

すでにあった親からの愛情だったり

私が受け取れずに取りこぼした周りからの思いやりだったり

 

そういうものがはじめて認識できました。

 

 

そう、このことが重要なんです。「認識できた」というところです。

 

 

 

「親の元で我慢して生きることを選んでた」という自己決定感はひとつ大事ではあるんだけど

もうひとつめちゃくちゃ重要なポイントがあって

 

 

「選ぶも何も、それ以外の選択肢を持ってなかったよね」ということは事実としてあります。

 

 

「それ以外の選択肢を持ってなかった」というのは

「選ばされてた」「そうするしかなかった」「どうしようもなかった」というのとは意味が違います。

 

 

「我慢して親元で生きる」以外にも選択肢は存在していたんだけど、見えなかった。認識ができなかった。

 

 

大人になってからお師匠のエピソードを聴くまで、私の世界には「被害者として生きる以外の道」が存在してなかったんですね。

 

 

 

つまり何が言いたいかというと

 

生きづらさを創ってるのは「見えている世界の狭さ」というのがひとつ大きな要因だということ。

 

 

 

この世界の狭さは、私たちの脳が自動的に 自分にとって重要なものだけをフィルタリングして認識するために起こります。

 

 

当時の私が「我慢して親元で生きる」っていうことしか選べなかったのも

それ以外の選択肢はフィルターに引っかからなかったから。だから、無いのと同じです。

 

 

 

どうしてルミさんの世界には「自活する」という選択肢があって、私の世界にはなかったのか。

 

実際に自活するかどうかは別として、選択肢すら私にはなかったのはどうしてか?

 

 

それはね、「何をゴールにしているか」で決まります。

 

 

ルミさんは

 

>母がそばにいるのに、愛されていない(と感じている)ことが辛くて辛くて、逃げたのです。

 

と振り返っていらっしゃいます。

 

 

 

じゃあ私はどうだったか?

 

私は、「被害者でいたかった」んです。

 

ココが明確に違う。

 

 

今が辛いから自分を助けよう、というゴールは持ってなかったんですよね。

 

 

 

このことに気づいたときは、悶絶でした。

 

まさかですが「被害者でいたかった」

それがまぎれもなく、私の当時の望みだったんです。

 

 

 

「大変な家庭環境で、それでも真面目に生きてる私」に価値があったんですよね。

 

えらいね、がんばってるね、って言ってもらえるから。

 

 

 

えらいね、がんばってるね、がほしいから、親の元を離れるという選択肢を思いつきもしない。

見えないのです。認識ができない。

 

 

 

さて、今日のお話をまとめると

私たちは「これが自分の選択だった」と納得できたとき、被害者としての生き方から降りることができます。

 

つまり、そこからが自分の人生のスタートです。

 

 

そうなるために必要なことは、たったひとつ「私を幸せにしたい」っていうゴールだと思うのです。

 

 

誰かを悪者にすることで 自分の正当性を見つけるのでもなく

誰かを見下すことで 自分が優位に立つのでもなく

 

ただ「私が私を幸せにしよう」と決めることだと思ってます。

 

 

このことを決めることができたときに、今まで見えなかった選択肢がやっと見えるようになる。

(そのうえで、それを選ぶかどうかは自分で決めたらいい)

 

 

 

私たちは 世界のほんの一部しか見えていなくて

その外側、つまり今の自分にとっての「当たり前の外」には願いを叶えるヒントが山ほど転がってる。

 

 

それを拾えるかどうか、認識できるかどうかを決めるのは

「【私が私を】幸せにするためのゴール」を持っているかどうかだと思っています。

 

 

それが【私があなたを】【私が家族を】【私がまわりの人を】って広がっていけば

生きやすい世界になるんだろうなってとても思います。

 

 

 

 

それではまた!

 

 

 

 

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