組織で働くことが苦手
専業主婦も苦手
なにやってもダメだった
元摂食障害の当事者が
「がんばらなくてもできること」で
幸せに豊かになれた方法
「私には価値がある」って
あなたは今 思いますか?
それとも
「私には価値がない」って
思っていますか?
摂食障害の当事者は
自己肯定感が低いとか
無価値感が強いとか
そんなことをよく
言われていますよね。
私が摂食障害だった当時も
同じように言われていて
「私には価値がある」って
思えるようになればいいのかな
って当時の私は思ってました。
でもですね、
どう考えても無理だったのですよ。
当時の私の自己評価は
食べ物を無駄にして
生産性のないことに
時間と労力とお金を使っていて
なんのために生きてるのか
意味が分からない
っていう状態で。
「そんな自分にも価値がある」とは
到底思えなかったんですよね。
そこを目指そうとすると
途方もなく長い道のりに思えて
あー無理無理
私にはどうせ価値なんてないんだし
って絶望的な気持ちに
なったものです。

いまは症状を手放している私ですけど、
「いまの自分に価値がある」とも
やっぱり思っていないんですよね。
「私には価値がある」っていう言葉には
なんだか違和感を今でも覚えます。
ただ、今は
「自分には価値がない」とも
特に思わないというか
「価値がある」「ない」ということに
あまり興味がないような
そんな感じになってるなぁと
自分を見ていて思います。
生きづらさから抜け出すために
自己肯定感をあげようとか
そういう言葉はよく聞きますけど
「私には価値がない」
↓
「私には価値がある」
こんなふうに180度変わることを
別に目指す必要はないと
私は思っていて
価値があるとかないとかじゃなく
価値は別になくてもいいし
できないことも苦手なことも
たくさんあってもいいけど
そんなポンコツな自分が
無理してないそのまんまの自分が
「誰かの役に立つことができる体験」
これが生きづらさを卒業するのに
必要なことだと思ってるんです。
必須かどうかはわからないけど
この体験があると近道になる感じですね。
それでなおかつ
「お金を生み出せる体験」ができると
「生きる」ことそのものの難易度を
大きく大きく下げてくれるんですよね。
摂食障害になってから
とにかく「生きることの難易度」が
なんでこんなに高いんだろう
ってずっと思ってたんです。
ただふつうに
生きたいだけなんだけどなぁって。
この「難易度を上げてた原因」って
何だったかっていうと、
自分をねじ曲げて
自分の苦手なことを
得意なふりして
無理して無理して無理しなきゃ
稼げない。
つまり
生きていくことができない。
(=死んじゃう。)
て思ってたから、
だから難易度が
めちゃくちゃ高かったんだなと
今となってはよくわかります。
私は人は好きだけど
人付き合いはすごく疲れてしまうし
孤独は嫌だけど
一人の時間が必要すぎるし
指示をちゃんと聞きたいけど
指示通りになかなか動けないことも多いし
完璧に立ち回りたいって思っても
うっかりミスはなくならないし
うっかりミスを防ごうとすると
今度は完璧主義に走りすぎて
仕事が遅くなるし。
とにかく
「うまいこと」「えぇ塩梅」ってのが
できなかったんですよね。
でもその自分のままで
苦手なことを得意になる必要なく
自分の本質のままで
得意なことが必ずあって
その私の「得意」を
必要って思ってくれる人が
いてくれるものなんだな
っていうことが
自分ビジネスを始めて
わかったことなんですよね。
今は
本当に、本当に、
もっと自分の本質のままで
どこまで豊になれるのか
っていうことを
自分を使って実験中なんですけども、
自分の本質を生かして
無理なく
生きる難易度を下げて
もっと軽く生きたいという人に
うまくいった部分は
お伝えしていきたいなと
そこを目標にいま
せっせと「おこもりビジネス」を
カタチにしているところです。
まぁ何が言いたいかといいますと
あなたがもし
「私には価値がない」って
思っておられるのだとすると
「私には価値がある」と思おうとすると
きっとうまくいかないと思います。
そもそも別に私たちに
「価値がある」も「ない」も
ないからなんですよね。
私たちにとって
「価値がある」も「ない」も
どうだっていいお話なんです。
ただ「自分に価値がない」っていう
【意味付け】が必要なだけなんですね。
「自分には価値がない」って思うことで
「価値ある自分」になろうとして
努力できたりとか
生きていくうえで必要な能力を
身に付けたりとか
そういうことがしたくて
できるようになりたくて
そのために
「自分には価値がない」っていう
【意味付け】が必要なだけで
別に「価値がある」「ない」とかは
そもそも私たちにとっては
割とどうでもいいことなんですよね。
だから
「価値がないって思わないようにしよう」
「今のままの私だって価値がある」
っていうところを目指すと
たぶんうまくいかなくて。
「価値がない」って思うなら
そのままでもよくて
そんな自分が
無理してない
自分以外の誰かに
なろうともしてない
「そのままの自分」で
誰かの役に立てる体験
これを1回でもできたら
きっと生きる難易度が劇的に
下がると思います。
価値がないままの自分が
何なら人に喜ばれるのか
そんなところを考えていくほうが
よっぽど生きやすさに、豊かさに、
直結すると思ってます。
価値がないまんまでも全然OKなのです。
そんな自分が何をしたら
誰かを(一番は自分を)幸せにできる?
拾っていただけるところが
ありましたら幸いです^^
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