昨日は、高校の同窓会がありました。
20年ぶり。
へえ、もう20年も経ってんのかって感じです。
30歳あたりからメンタルブロックを解放してきたんだけど、高校生のときのブロックも結構多かった。
思春期だからいろいろな思い込みを作った時期なんですよね。
同窓会の日が近づくと妙にどきどきしてしまうのです。
ちなみに、今月24日に自分が講師をするトレジャー出版記念セミナー(200人くらい)のことはなんのどきどきもないのですが、ただの参加者として出席する同窓会にはどきどきしてしまう。
「また昔みたいにみんなと話せなかったらどうしよう」
「昔みたいに壁を作っちゃったらどうしよう」
という恐怖でした。
10代の僕は、かなーり周りに馴染めずに、どうやったら人と仲良くなれるのか分からない男子でした。
仲間達と仲良く学生時代をエンジョイしている人を見ると、うらやましかったです。
うらやましいのは辛いので、「ふん、群れやがって。俺は群れないでも平気だぜ」と無理矢理に孤独を愛するようになっていきました。
そうしたメンタルブロックはほぼ解放していて、今はみんなと絆を結ぶことができるようになってるのですが、
高校時代の同級生の中に入ったら、自分がどうなってしまうのか怖かったのですね。
昨日は山梨県から2時間半かけて原宿の会場へ。
駅から歩いているときにも、なんか地に足が付いていない感じ。
会場までは誰にも会いませんようにと祈っていました。
建物に入ると、エレベーターを待つ同級生らしき女性たちがいました。
まともに見られません。
彼女たちが「あははは」と笑い声をあげました。
そのとき「あ、オレ笑われている」と瞬間的に思ったのでした。
冷静に考えればそんなわけないのですが、感情がそう反応するのですよ。
何階なのかよく分からなかったので、とりあえず勝手に地下一階かななんて思って
階段を下りました。
会場はそこではなく、上の階だと分かったのでエレベーターに乗ったら、
1階でその女性たちを含めてみんながぞろぞろと乗ってきました。
しかしね、知った顔を見たら「あ~、同じクラスだったよね!!」なんて嬉しくて声かけていました。
みんな顔を覚えているんだよね。
名前ははっきりしないけど。
会場でも20年ぶりだけど、ほとんどの人の顔を覚えていて、名札を見ながら「2年のときに同じクラスだったね」「何部だったっけ?」なんて話をみんなとして、すっかり楽しんでました。
実は、当日絶対に会いたい人が何人かいました。
付き合った二人の彼女と理想的な男子一人。
昔の彼女たちは、今幸せなのかということをとっても知りたかったのと、別れたときにどうしてあんな態度を取っちゃったのかということを伝えたかった。
理想的な男子というのは、Kってやつで、昔の自分は「こんなにさわやかで、みんなと仲良くできて、クラスの人気者で、頭もよくて、顔がちっちゃくて背が高いなんてありえん!!」と、うらやましくて仕方がなかった人物でした。
普通なら、僕は「ふん、でもあんな奴どうせくだらないさ」と見下して嫌いになることで自分を守ろうとするパターンなんだけど、彼の場合はこんな壁を作っていた僕に話しかけてくれたことが何回かあり、嫌いになりようがないのです。
卒業してから、僕の想像では、彼は大企業に勤めて、同僚たちと仲良くし、上司には気に入られ、順調に出世して、まさに絵に描いたような理想的な人生を送っていることになっていました。
ところが、同窓会のHPの掲示板に彼から「僕は組織には向かない人間でした。独立してやっています」的なことが書かれており、僕の勝手な想像と全然違ったので混乱していたのです。
こんな感じで僕はコンプレックスだらけだったのですが、特に
・みんなと仲良くしている人
・スタイルがいい人
という2つが大きく、こういう人たちには憧れているだけでなかなか近づけなかったし、話せませんでした。
会場を歩きながら、コンプレックスを抱いていた人たちに次々に
「オレさあ、○○くん(○○さん)にこんなコンプレックスあったんだよね」
と伝えてみました。
あなたに対して自分はこんなコンプレックスがあった、と告白するのはとってもいいのです。
コンプレックスが解消していないと言えないんだけどね。
言えたら、本当にすっきりします。
そして、相手の反応を知るのがさらにいい。
100%解消ですよ。
ちなみに、今回は一様に「なんで?」って不思議がられました。
彼らに言われたのは、「いや、犬飼はすごく自信があって、自分の世界を持っていたよ」、「ぜんぜんそんな風に見えなかった」、「すごく楽しそうだった」ということ。
へえ、そんなふうに見られていたんだ、と驚きました。
で、例のKってやつは、20年経ってもやっぱりさわやかでカッコよかった。
彼に独立した経緯を訪ねると、「オレは協調性がぜんぜんないから」って言うのです。
「ええ!?」って感じですよ。
僕の中では彼は誰とでも仲良くしてしまう協調性のカタマリだったから。
話していて気づいたんだけど、自分は勝手にみんなの想像を膨らませて理想を作って、その理想像と自分を比較して、自分を責め、コンプレックスを作り出し、劣等感に悩み、「くそっ、オレだってすごいんだ!いつか見返してやる!!」と思っていたのでした。
でもその大元は「仲良くしたい」なんだよね。
仲良くできないなら尊敬されるようになろう。
そうしたらみんなと仲良くできるはずだ。
こういう発想で成功を目指していました。
「仲良くしたい」、がいつの間にか「尊敬されたい」に変わっている。
いくら尊敬されても仲良くなれずに、どんどん孤独になっていく。
僕みたいな人はけっこう多いのです。
高校生の僕は、学校生活を楽しんでいる人たちには全然近づけなかったし、目立っている人には話しかけることもできなかったんだけど、今だとごくごくふつーに、楽しく話せることにちょっと驚きました。
「なーんだ、高校のときもこうやってみんなと話せばよかったなあ」と思ったりしました。
本当に勝手に自分で壁を作っていただけだったことを再認識。
ほかにもたくさん感じたことがあったんだけど、中でもなんか面白いなあって思ったのは、いつもの飲み会とは全然感じが違うこと。
まあ滅多にないけど、僕が飲み会とかお茶会みたいなのをすると、基本的に中心人物なわけですね。
みんな犬飼ターボと話したがる。
相手は憧れのターボさんと会えるというだけで緊張していたりする。
いろいろと質問され、相談され、教えてもらいたがり、アドバイスを求められる。
みんな僕の隣に座りたがって、質問したり話をするタイミングを伺っている感じ。
「ターボさんの隣に座っちゃっていいんですか?」なんて恐縮してたりするので、僕は「遠慮や気兼ねしないでいいよ」って伝えている。
できるだけみんなが僕と話せるように、「何か聞きたいことがあったらどうぞ」と振ったりする。
そうやって質問をされたり、深い話をするのは大好きなので、すごく嬉しい。
でもそれが同窓会だと、僕は同級生の一人の”犬飼君”だから、握手やサインを求められることもないし、深い質問してくる人はいないわけ。
質問といえば、「どこに住んでいるの?」とか「子供いるの?」とか「どうして八ヶ岳なんかに住んでるの?」みたいなもの。
いつも受けているような「成功するのに大事なことは何ですか?」とか「自分を愛するってどうすればいいんですか?」というような質問は誰もしてこない。
それがなんとも不思議で新鮮な感じでした。
むしろ、サインや握手を求められたり、幸せや成功について質問されることのほうが珍しいことなんだなって、思ったのでした。
幹事のみなさんには心から感謝です。
学年全体での同窓会を思いついてくれたこと。
そして、行動に移してくれたことに尊敬の念も抱いています。
同窓会ネットさんも素晴らしいお仕事をされていると思います。
楽しい一日を過ごさせていただきました。
またぜひ何年後かに開催してください。