こんにちは、未知子です❤︎

 

お母さんシリーズ😂

これで最後です。

 

一つ目↓

 

二つ目↓

 

 

お母さんとの関係を見る時、

ひとつ大切なことがあります。

 

それは、

「お母さん」を、

お母さんという役割ではなく、

一人の他人として見ることです。

 

親子、とりわけ母と娘の関係は、

とても境界線が曖昧になりやすいものです。

 

自分を産んでくれた人。

幼い頃、自分の世界の中心にいた人。

 

だからこそ、

お母さんに対してネガティブ感情を感じることが、

自分自身を否定することのように感じられることがあります。

 

お母さんの嫌だったところを認めたくない。

傷つけられたことを思い出したくない。

育ててもらったのだから、感謝しなければならない。

 

そう思い、自分の本当の気持ちに蓋をしている人も

少なくありません。

 

 

厳しかったり、

ヒステリーを起こしたりするお母さんの場合は、

比較的分かりやすいものです。

 

「これを言われて嫌だった」
「あの時、怖かった」
「もっと自由にさせてほしかった」

という強い感情が残っているからです。

 

一方、優しくて、

何でもしてくれたお母さんの場合は、

嫌だったことを認めにくくなります。

 

「お母さんは一生懸命育ててくれた」
「こんなにしてもらったのに、悪く思ってはいけない」
「良いところだけを見ていたい」

と思うからです。

 

その結果、お母さんを必要以上に美化し、

「素晴らしいお母さんだった」
「私には何の不満もない」

ということにしてしまう場合があります。

 

でも、長所しかない人間はいません。

どれほど優しくて素晴らしいお母さんであっても、

一人の人間である以上、

未熟なところや苦手なこと、変なところも必ずあります。

 

それを認めることは、お母さんを嫌いになることではありません。

幻想の中のお母さんではなく、本当のお母さんを見るということです。

 

ここを見ない限り、

本当の意味でお母さんとも自分とも向き合えないからですね。

 


今日は最高の1日でした!またレポ書きます☺️

 

人間の記憶は、結構都合よくバイアスがかかっています。

 

お母さんを「ひどい母親だった」と思っている場合は、

悪かった記憶ばかりを集めているし、

 

反対に「素晴らしい母親だった」と思っている場合は、

嫌だったことを記憶から消しているかもしれません。

 

私たちは、

事実をそのまま覚えているのではなく、

自分のフィルターを通して過去を見ています。

 

だからこそ、

「母は本当に、悪いところしかなかっただろうか」
「私は本当に、一度も傷つかなかっただろうか」

と、反対側からも見てみることが大切です。

 

お母さんを悪者にも聖人にもせず、一人の人間としてフラットに見る。

 

そうすると、

自分がお母さんに対して

本当に感じていた気持ちがきちんと浮き上がったきます。

 

ここを見るのがとっても大事です。

 

 

 

私の母は、私とは感性がまったく違う人で、

私は子どもの頃から、

「どうしてうちのお母さんはこうなんだろう」
「もっと普通のお母さんみたいにしてほしい」
「もっと優しい言葉をかけてほしい」

と思っていました。

 

大人になってから、

「あの時、こう言われて嫌だった」

と本人に話したこともありましたが

でも、母はまったく覚えていませんでした😂

 

「そんなこと言ったっけ?」

という感じです😂😂😂

 

こっちはとっても傷付いたのに😂

 

その時、私は思いました。

この人に、

私が望んでいるような優しさや愛情表現を求めても無理なんだ、と。

 

それは「母には愛がない」ということではありません。

 

母は母なりに私を愛し、

母なりに一生懸命育ててくれたのだと思います。

 

ただ、私が欲しい形で愛情をもらえるわけではない。

 

そこを理解して、

母に求めることを諦めた時、

私はとてもラクになりました。

 

これは、絶望的な諦めではなく、

「この人は、この人なんだ」

と認める、良い意味での諦めで、

 

ある意味そのままの母を受け入れたのですよね。

 

 

 

親子であっても、別の人間です。

 

親子だから分かり合えるとは限りません。

お母さんだから自分の気持ちを察してくれるとも限りません。

 

自分と似ている部分もあれば、

まったく理解し合えない部分もあります。

 

でも、私たちは「親子なのだから分かり合えるはず」と思ってしまいます。

 

期待するから、分かってもらえないことに傷つきます。

「なぜお母さんなのに分かってくれないの?」
「どうして私が欲しい言葉をくれないの?」

と苦しくなるのです。

 

でも、お母さんは「私のお母さん」である前に、

私とは違う一人の人間です。

 

得意なことも、苦手なこともある。

心に余裕がない時もある。

 

母自身も、

その母親や周囲の人からさまざまな影響を受けながら生きてきた。

 

そうやって一人の人間として見られるようになると、

お母さんと自分の間に境界線が生まれます。

 

お母さんの感情は、お母さんのもの。

お母さんの価値観は、お母さんのもの。

そして、私の気持ちや人生は、私のものです。

 

 

 

お母さんと精神的に離れることは、

関係を切ることでも、愛情をなくすことでもありません。

 

ただ、

「お母さんはお母さん。私は私」

という健全な境界線を持つことです。

 

お母さんが不機嫌でも、私まで不機嫌になる必要はない。

お母さんが私の選択に反対しても、従う必要はない。

お母さんが望む人生と、私が望む人生が違っていてもいい。

 

それが精神的な自立です。

 

お母さんを一人の人間として見られるようになった時、

自分自身も「母の娘」という役割から自由になれます。

 

お母さんがどう思うかではなく、自分はどうしたいのか。

お母さんの正解ではなく、自分はどんな人生を生きたいのか。

 

そこから、本当の意味で自分の人生が始まります😆

 

 

音声でもお話ししました↓

 

 

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