神戸で生まれ育ったワタシにとって
1.17は特別な日

と言っても
人の多い所は苦手なので
震災のつどい等には
行ったことなくて

毎年
あの時間あたりに
祈るというか
少しだけ想いを馳せる
という感じで過ごしています

いつも仕事前だったりするしね


もう31年も経つんですねー


あの日の前日の夜
何故かなかなか寝付けなかった
いつもは横になって3秒で寝れる人なのにキョロキョロ
まさか何か感じ取っていたんだろうか?びっくり

確か3時ぐらいになって
やっと眠れたんだと思う

なもんだから
地震のあったあの時間は
ちょうど深い眠りのタイミングだった

ものすごい揺れは感じたけど
誰かに思い切り揺さぶられたのかと
まだ寝ぼけながら
そんな風に思っていて
悠長にも、もう一度寝そうになっていたのだ

震度7なのにね
悠長すぎるガーン

すーっと眠りそうになったが
その瞬間、鏡台が

ドーン!と

ワタシの真横に倒れて
それでハッキリと目が覚めた

でも真横で良かったんだよね〜
直撃だったら大怪我だったガーン


え?なに?


すると
キッチンから
母の叫び声が聞こえた

母はその時間
朝食とお弁当作りをしていた

キッチンに向かうと
家具という家具が全て倒れていたが

ちょうど母のいるスペースだけ
何も倒れず
母は無事だったが

グラッと来た瞬間に
ガスの火を止めたら
油が飛んで腕に火傷をしたようだ

キャー!!何これ!?
何ーー!!

少しパニックになってたけど
ワタシの顔を見て落ち着いたようだった

部屋じゅう家具が倒れて
母ひとりのスペースだけ大丈夫だったのは
奇跡だと思う

どうしたらいいの?

と困ってる母

とにかくそこから出て!と

倒れた冷蔵庫の上を歩いて
キッチンから脱出できた

兄は?というと
地震のせいで部屋のドアが開かなくなっていたようで

ガタガタとドアノブを動かす音がしていた

どないなってるんや、開かへん!!

兄も少しパニックにガーン

何度か力任せに押したら
なんとかドアが開いた

すごい揺れだったけど
何が起こったのか分からない状況だった


父はその日は仕事で不在


母と兄と3人で呆然としていた

夜明け前
寒かった

7時くらいに
やっと外が明るくなり

窓から外を見てみたら
その景色に愕然とした

見渡す限り
ほぼ全ての建物が倒壊している

どういう事なの、、、

不思議な光景だったのが
そんな中でもスーツを着たサラリーマンが
出社しようと歩いてる様子

こんな中どこ行くねん、、
と当時は思ったけど

まぁそうなるよね
と今なら分かる


私たちは
とりあえずは外に出ずに
ラジオの情報だけを頼りにして

家の中の片付けを始めた

倒れた
冷蔵庫を起こす
食器棚を起こす

食器はほぼ全滅

破片が危ないから
スリッパを履いて
割れた食器を片付ける

電気、水道、ガスは
全て止まっていた

倒れた冷蔵庫を
いち早く起こせたのは良かったみたいで

倒れたままだと
ガスが抜けて使えなくなってたみたい

お腹は空かないけど
何か食べておかないとと
バナナを食べた

電話は混み合ってたけど
繋がったので

友人や会社から
連絡をもらった

当時、ワタシが勤めていたのが
家電量販店で

歩いていける距離だったので
店長から電話をもらってすぐ
職場に向かった

いつも仕事に向かう道が
全く違う景色になっていた

家が燃えてても消す事が出来ない

倒壊した家から
救いだそうとしている人たち

地面はアスファルトが盛り上がってて
歩くのも大変

言葉に表せないほど
ひどい状態だった


職場に着くと
中はぐちゃぐちゃだったけど
スプリンクラーで水浸しにもなってたけど
建物は無事でとりあえず良かった

店長にお願いして

水や食料、カセットコンロや電池など
持って帰らせてもらった

家電量販店に勤めていたのは
幸運だったといえる


そう、
あの状況下

家は無事
家族も全員無事

水や食料も確保できて

大変ではあったけど

幸運だった



だけどあの一瞬で多くの命が失われた
ワタシも友人を亡くした

ラジオからの情報しか無かったけど

死者の数がどんどん増えるのに
愕然とした

この時
人生で初めて
死というものを意識した

そして2度目は
夫を喪くした時


地震で家は無事だったけど
のちに地震がきっかけで
引っ越す事になり

夫と出逢うきっかけとなった



あの地震がなかったら

夫と出逢わなかっただろうか?

と、ふと考えた



いや、何としてでも

出逢う運命にあったと思う



全く確証はないけど笑い泣き




あの地震で

ワタシなんかより

大変な思いをしてる人がたくさん


だからこれまで

あまり語る事はなかったんだけど


ここにきて

ちょっと書きたくなりました


31年経っても

いまだにあの時の

映像は見たくないし見れない


夫の死別もだけど

経験した人にしか

分からないことだと思う



今回

死別ブログとはちょっと違うけど


そして拙い文章になりましたが



読んでくださって

ありがとうございますおねがい