編み物の本好きで持ってるのですが、編み図を読めません、笑
編み物をしたくて、YouTubeで検索して速度を遅くし何度も戻りながらここまで出来ました


左の親指が痛かったけど、毎日コツコツとマッサージしてやっと改善してきました
病院にも行かず3ヶ月ぐらいかかったなぁ
主人も昔指が痛いときがあり、「急に楽になったよ」と言っていたのですが、まさにわたしも数日前そんなことがありました
動きが悪く固まるので、痛くても何度もほぐさないといけません
優しく揉んだり揺らしたりします
それが急に、あれ楽だな?って日があって、指が固まる頻度がちょっと緩やかになってます

そのお陰でちょっと編み物できそうかもと思いました
結局、左の親指にはそこまで負担はなくて、もっと前からできたかもしれないです

あまりきれいな出来映えではないけど、これはこれで満足です
歯の痛みで何も集中できず、薬の副作用で眠気で1日が終わってしまう
不思議と眠気があまり来なかったので、やってみようかなと言う
そんな小さなことに幸せを感じました

非定型歯痛との診断で紹介状持参で、福岡の病院に通院しているわけですが、
紆余曲折ありやっと痛みの軽減が感じられるようになりました

まず福岡に行くことになり、この痛みの共感や理解が得られ気持ち的に安堵感がうまれました

痛みはずっとあるのは変わらないけれど、10段緩解で3~6を行ったり来たりしていて
3と6の時の受け取りかたが変わってきます
それが現在は痛みが2~4かな?って感じです

2を感じられるだけでもかなり心が軽いんです

突然ズキンズキンと脈を打つ感じもここ1~2ヶ月は無い気がします
何故か外出や外食したりすると痛みが急に強まったり、歯を磨くのも刺激になりました
眠れないほどの痛みは月に2~3度ぐらいだった気がします

出口の見えないトンネルから希望がやっと出てきました

経済的なことや、月1福岡は体力的にも大変なこともあり悩みましたが
先生に相談し2ヶ月後にしてもらいました
その後は分からないですが、まずは2ヶ月でどうなるか様子見です

ただ、福岡は本当に楽しいです
毎回目標を立てて小さな一歩を踏み出しています

この痛みで沢山のものを失いました
このまま人生が終わってしまうのではないかと思ったときもあります
失ったものをひとつひとつ取り戻しているような感覚なんです

メインは天神なので、私にとって福岡は未開の地でも無いことも幸いしました

天神地下街でたまたまオルビスの店舗を見かけ、気になってたファンデーションを購入
店員さんが地下街のご飯やさんを何件か教えてくれて、一通りまわってみてパニーニにしました


美味しかったですが、私の歯の状態では食べづらかった
固めのパンはまだ食べられないようです
ひとつの確認になりました

それだけで充分です

非定型歯痛の治療を始めて4ヶ月が経ちました

具体的なことは省きますが、痛みに効く薬を探るという作業でした

月1で先生が福岡の病院に来ます

その時に1ヶ月の状況を聞かれ10~15分ぐらいで終わります


元々脳外科の薬を飲んでいるので、初回に処方された薬が合わなくて一旦中止になったり、

1錠のほんの少しの量から改めてスタートしたり、変化があまり分からなかったりとかありましたが

やっと少し楽になったという変化があって先生は喜んでくれました


この3年で失ったものとか諦めたものとか出来ないことが沢山ありました

その一つには漫画

買ったけど痛みで集中できずやめてしまったけれど、

最近やっと読めるようになりました


「小さいことだけど大好きな漫画が読めて嬉しかった」と先生に話すと

「それがすごく大きい事なんだよ」と言ってくれました


私の状況を全て話したわけじゃないのに、誰よりも理解してくれていることや

診察時間が30分区切りの予約であることから察するに、私の他にも沢山の人が苦しんでいるんだろうと想像できる

楽なときもあれば突然痛みが出るときもあるけど、

メンタル的に少しずつ安定もしてきました

苦しくても話を聞いてくれる先生がいる、来月まで頑張ろう!と思えるからだ


安定してきたことの一つとして、福岡に行くのも余裕が出来て楽しくなっているのもある

次はここに行こうとか目標を作ったり、少しずつ行動範囲を広げようとしているからです

地下鉄の移動に交通ICカードで切符を買ってしまうミスをしたり

行ったことのないカフェに入りたいのに、馴染みのあるスタバを選んでしまったり

迷ったり遠回りをしたりしながらだけど、それもいい思い出になるだろうな


3年で失ったものを取り戻すなんて難しいけれど、

やれることはまだあるはずだと思って、

何から始めるかというと、普通の生活を取り戻すことからしています


焦らず無理をせずとにかくゆっくり、

どんなに苦しくてもなるべく毎日メイクをすることは続けていました

動画をみて勉強したりもしました


天気の良い日は散歩をする

やっとそういう事もできるようになってきました

長い3年間だった

こんな人生になるとは思ってもみなかったけれど、

これも私の人生の一部であることには変わりがない

上手く説明ができないけど、そう思う