腎不全と宣告されてから、4ヶ月。私たちとイチの闘病生活の果てに訪れた、最期の二日間のことを記録しておこうと思います。


​話しかけても、イチからの返事はありませんでした。まともに歩けない体で、それでも必死に、自分が心地いい場所を探して動こうとしていました。

腎機能が低下し、二度の痙攣。いつお別れになるか分からない。私はできるだけ側にいて、たくさん話し、たくさん撫でて、たくさん泣きました。


​点滴や強制給餌は、一日目まで続けました。「本当にしていいものなのか」と、私はずっと悩み続けていましたが、介護職の夫がいてくれたおかげで、点滴という大きな役割を迷いなく担ってくれました。


急いでオムツを買いに走ってくれたのも夫です。その頼もしい姿に、私はどれだけ救われたか分かりません。

​夜は、私の枕元にイチを寝かせて、二日間ずっと一緒に眠りました。暗闇の中で、イチの気配をすぐそばに感じながら過ごした時間は、とても静かで大切なものでした。

​もともと、イチは体に毛布を掛けられるのが大嫌いな子でした。けれど、この二日間は、掛けてあげた毛布を嫌がることなく、じっと横たわっていました。あんなに嫌がっていたはずなのに……。その静かな姿を見たとき、「あぁ、本当に最期が近づいているんだ」と、言葉にならない覚悟が胸に突き刺さりました。


​二日目、イチが水さえ拒絶したとき。私はすべてをやめました。​「動物は亡くなるとき、水も食べ物も摂らず、枯れるように逝くのが一番楽なんだよ」そう教えてもらった言葉を信じて、ただ静かに見守ることだけを決めました。


​自力で歩けなくなり、夫と一緒にオムツをつけてあげたとき。あぁ、もうすぐイチがいなくなるんだな、と。私の中で、ようやく覚悟が決まった気がします。​


昼間は、日向ぼっこをしながらゆったりと過ごし、夕方、寒くなってくると、イチはヨロヨロと頑張ってコタツまで歩いていきました。

息苦しくないように、私はこたつの入り口にイチの顔を向けてあげました。

その後、用意していた布団へ移動。


息を引き取る直前、イチは呻き声をあげました。目の光が、すうっと消えていくのが分かりました。​あの時の呻き声は、精一杯の「ありがとう」だった。そう教えてくれた人がいます。私も、そう信じています。




イチが亡くなって20日目

イチがお世話になった動物病院へ報告に行ってきました。


あいにくの雨模様でしたが、自分の中では「もう大丈夫、落ち着いて話せるはず」と思って向かいました。

​手元に残っていた、使い終わった空の点滴一式。

そして、もう使う必要のなくなってしまった点滴。

これらを返しに行くまでに、2週間という時間が必要でした。


​いざ先生を前にしてイチの話を始めると、思っていた以上に涙が込み上げてきてしまいました。

ハンカチでそっと目元を抑えながら、途切れ途切れにお話しするのが精一杯。

​先生に点滴をお返しし、お話しすることで、ひとつ大きな区切りがついたような安堵感がある一方で、当時の記憶が鮮明に蘇り、改めて寂しさがじわじわと押し寄せてくるような……。

今は、そんな複雑で整理のつかない気持ちの中にいます。


これまで1年ほどブログをお休みしていましたが、実はその間、私自身の体調のこと(非定型歯痛)や、その後のイチの4ヶ月にわたる懸命な闘病生活があり、正直に言えばブログを書く気力がありませんでした。


イチが「腎不全ステージ3」と診断されてから亡くなるまで、夫婦で精一杯のサポートを続けてきました。

詳しい経緯については、また私の心が落ち着いた時に、少しずつ綴っていければと思っています。


​一歩進んだと思ったら、また一歩戻ってしまうような感覚。

でも、この涙もイチへの大切な想いなのだと、そのままの自分を受け入れようと思います。

去年の11月末頃、腎不全ステージ3と診断され闘病の末、
2026.3.12に旅立ちました🌈

この4ヶ月はイチのことを最優先に過ごし、最後に息を引き取る瞬間も見守ることができました。


猫を飼う喜びや、無償の愛を教えてくれました

イチが亡くなって12日が経ちました
今も家のなかに思い出が沢山あり、目で追ってしまいます。
恋しいです。

そして、ありがとう