再読の効用 | 霽月日乗・ホーマーEのブログ

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個人の備忘録です。

昨年購入したオードリー・ニッフェネッガー編の幽霊小説集Ghostlyを少しずつ読んでます。未読だった新しい作家の作品は届いてから先に読んでしまいましたので、仕事の合間に既読のものを復習も兼ねて。昨日から今日にかけて、P・G・ウッドハウスの「ハニーサックル・コテージ」とA・S・バイヤットの「7月の幽霊」を再読。この2編、同じジャンルで括るのが憚られるほど対極にある。でもどちらも素晴らしいんですよ。自分がもし作家だったらこんな話を書きたいものです。前者の洒脱なおかしみ、後者の深い哀しみ。どちらも初見から20年ほど経ってから読み返した恰好ですが、当時は腑に落ちなかったことが今頃になって少し見えてきました。当たり前のことですが、人生は喜びと哀しみに溢れているということ。自分も少しは大人になった気がしております。

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いずれの短編も翻訳が出てます(僕の仕事じゃありません)。どんな訳かは見てないのでわかりませんが。

ウッドハウスはさておき、バイヤットには実際に会って話をしたことがあります。ほんの少しですけど。たしかブリティッシュ・カウンシルの招きで講演会か何かのために来日したんですね、僕は当時フルタイムで洋書を売る仕事をしていて、ブリティッシュ・カウンシルともそこそこのお付き合いがありましたから、その縁で招かれた記憶があります。本を持って行って即売会やったんじゃなかったかな、細かいことは忘れました。彼女は僕の母親くらいの年恰好で、そのときは怖いオバさん(ホントに申し訳ない)くらいにしか思わなかったのですが、そのあと、この「7月の幽霊」について、彼女が実際にお子さんを事故で亡くされたこと、この短編はそのことと深く関わりがあることを知り、「藝術的昇華」ということを思い知らされました。今日また読んでみて、もし自分で訳すならここはこうしようとか、新たにいろいろ発見もありましたけど、登場人物の台詞一つ一つに重い言霊が籠っているというか、ああいう文章はなかなか書けません。例を引きたいところですが、あの文脈から一部だけ取り出したところで意味を成しませんからやめておきます。

ウッドハウスのことはまた別の機会に。